02.召還者の名はシャル。そして、邪心・不正義


「…」
 オルドビスが気がつくと、そこは薄暗い場所だった。

 ドミネートが明るい場所なので、急に暗い場所に飛ばされ、思うように目が見えない。

だが、ぼんやりと、自分を囲むように明かりがともされている。

目を凝らせば、それはたいまつのようだった。

 周りはごつごつとした岩肌。…洞窟の中だろうか。

 足元を見れば、白い線でなにかが複雑に書かれていた。おそらく、魔方陣だろう。

そして…自分の正面には黒の長髪の男がいた。モノトーンのローブを身にまとっている。

まあ…普通の顔をしていれば端正な顔なのかもしれないが、

楽しくて仕方が無いような、そうではなくて、何かを企んでいる邪悪な感じ、

どちらともとれる破顔の笑みを浮かべていた。


「ふっふっふっふっふ…あーはっはっはっはっは!

来た来た!ボクのご飯〜!」

 男は狂ったように笑ったかと思ったら、次には耳を疑う言葉が続いていた。

「ご、ご飯だと!?」

 たいていのことでは驚かないオルドビスでも、

さすがにその言葉を聞き流すことはできず、おうむ返しをしてしまった。

 相手はにこにこにこと笑顔を浮かべたまま、そう、ご飯!と言った。

「いやー、ボク、おなかぺこぺこでさぁ!

強い力を持っているホリレスを食べようと思ったんだ!」

「なんでそうなる…」

 突然知らない場所に飛ばされて、知らない男に食事呼ばわりされ、

オルドビスはむっとなった。

 相手はきょとん、とした顔になった。

「なんで怒るのさ? この邪心、アンジャスティス(不正義)に選ばれたんだよ、キミは!

もっと喜ばなきゃ!」

「アンジャスティスだと!?」

「そだよ」

 オルドビスは軽いめまいを覚えた。

自分が食事扱いされたことにではない。

 邪心・アンジャスティス。

全ての邪悪な思念を取り込むという、最強最悪の邪心と言われている。

それが…

「アンジャスティスとは最強の邪心だろう…」

「そだよ。ははーん、さてはボクに勝ち目が無いと思って絶望したかな〜?」

「そうじゃない…」

 オルドビスは、じっとと相手を見据えて言い放った。

「最強の邪心にしては、なんてバカっぽいしゃべりかたをするんだと思っただけだ」

 すると、アンジャスティスは、人を小バカにした笑い顔のまま固まった。

やがて、その肩がぷるぷるぷると震え出した。

「あーはっはっはっはっはっはっは!!」

 そして、またバカ笑いをする。

「おもしろー!

このボクの肩書きを聞いて、そんな口が利けるなんていい度胸しているよ!

よし、気に入った。食べるのやめた!

それよりもじっくりゆっくりたっぷり愛をこめて遊んであげる!」

 そういって、くるくると回転(踊り?)をしはじめるアンジャスティス。

(なんなんだコイツは…)

 全くついていけないオルドビス。

あきれ果てて、くるくる回っているソレを見つめていた。


「ねぇねぇ。キミの名前は?」

 回りながらアンジャスティスは問う。

「…オルドビスだ」

 心底あきれ果てて、嘘をつく気力もなくなったため、オルドビスは素直に答えた。

「ボクはシャル!

アンジャスティスっていうのは肩書きみたいなものだから名前じゃないんだよー。

だから、ボクのことはシャルって呼んでね、オルビドス!」

「オルドビスだ!」

 微妙に間違えているので訂正する。にやり、とシャルが笑ったのも

彼が回転しているせいで、オルドビスにはわからなかった。

「ゴメンゴメン、オルドビス。…よわよわになっちゃえー!!」

「な?!」

 ふざけた言葉とは裏腹に、オルドビスのまわりに邪悪な力が急激に高まり、

回避する間もなく彼はそれに飲み込まれた。


「げほっ、げほっ、げほっ…」

 邪悪な空気を思い切り吸い込み、むせ返るオルドビス。

その様子を、シャルは満足そうな笑みを浮かべて見下ろしていた。

「どう?ボクからの初めてのプレゼントの味は?」

 あのふざけた行動は自分を油断させるためだったのか…?

オルドビスはむせながら考え、それから、キッとシャルをにらみつけた。

「最・悪・だ!」

 言い返すとシャルはうっすらと笑みを浮かべた。

オルドビスは邪気のせいで涙目になっているため、はっきりとはわからないが、

おそらく、目は笑っていない。

 かと思ったら、またバカみたいな顔つきで笑い出した。

「あーはっはっはっはっは!気に入ってもらえたみたいー」

「どこをどう考えたらそういう結論にたどり着くんだ!」

 反論するも、シャルはどこふく風である。

「これでー、オルドビスは元の世界に帰れないね。

しばらくこの世界で遊んでいるといいよ!

ここはなかなかいいよー。いろんな人が住んでる。楽しいよー」

 そう言いながら、すたすたとシャルはオルドビスの近くから去っていく。

「ここを出て、ちょっとしたところにおうちを用意しておくからそこに住むといいよ。

また、時々遊びに来るから仲良くしてねー」

「二度と来るな!」

 自分がこんなやつにしてやられた悔しさもあって、オルドビスはムキになって叫んだ。

だが、そんなことを言ってもどうせまた来るだろう。

相手は全く人の話を聞いていないようだから。

 オルドビスは、ふらふらと立ち上がると、愛用の長刀を取り出した。

いつもより重く感じる。

「…本当に力が落ちている。これじゃ、まともに戦えないんじゃないのか…」

 苛立ちを口にすると、シャルの去って行った唯一の出口に向かって歩き始めた。


 洞窟の中はひんやりとしていた。寒さには強いのでそれは大して気にならなかったが、

湿度が高いのが気に入らなかった。

 こんなところ、早く出るに限る。

 そう思って、小走りになる。

 だが、それを阻むようにねっとりとした何かが顔に張り付いた。

「うっ!」

 反射的にそれをつかんで放り投げると、それは小さなカエルだった。

「ゲコゲコ」

 カエルは投げつけられ、壁にぶつかったのにもかかわらず平然と鳴き声をあげた。

すかさず長刀で斬りつける。

 …いつもならば、このような低級モンスターなど一瞬で真っ二つになるというのに

カエルには傷が少しついただけのようだった。

 このカエルが強いのか。

 違う。

 自分がそれだけ弱くなったのだ。

 それを認識させられて、オルドビスは舌打ちをした。

―結局、カエルを倒すために5回は斬撃を繰り出す羽目になった。


 洞窟を抜けると、そこは林だった。その木々の間から赤い屋根が見える。

あれがシャルの言っていた「用意した家」なのだろうか。

 オルドビスは行くあてもないため、しぶしぶその家へ向かって歩き始めた。