都筑大介 ひなたやま徒然草 9
厚化粧の国【05年2月】
「体調が崩れるとお肌が荒れちゃって、お化粧ノリがよくないのよね」
つい最近うちの女房殿と娘が交わしていた会話の一節である。二人ともいつも薄化粧しかしないのだが、体調不良時には若干濃い目の化粧になってしまうらしい。
この言葉を小耳に挟んだボクはなぜか、近くて遠い国である北朝鮮のことを考えていた。
将軍様とやらの六十三歳の誕生日前に、北朝鮮が核保有宣言をした。六カ国協議への参加も無期限に中断すると威勢良く発表した。
ところが一週間が経つと今度は、訪朝した中国共産党幹部に対して、「条件が整えば……」いつでも六カ国協議に参加する用意があるときた。「アメリカは我が共和国への敵視政策をやめよ!」と言っていた舌鋒も鈍り、「アメリカが誠意を示せば……」とトーンダウンした。
日本に対しても相変わらず訳の分からない主張を続けている。
北朝鮮が横田めぐみさんの遺骨だとして差し出したものが別人の骨であるとDNA鑑定で証明されると、「日本の鑑定結果は政治的意図に基づく捏造だ」と決め付け、1200度の高温で焼いた骨のDNA鑑定が出来るはずがないと強弁し、「日本の対応は朝日平壌宣言の精神に背くものである」ときた。「我々の誠意ある対応をないがしろにする日本は付き合うに値しない国である」とまで言った。それなのについ先日は、「日本はアメリカと結託して我が共和国を敵視している」と批難する一方で、「我が人民は、日本との友好的な関係が築かれることを望んでいる」と言う。
「なんじゃこれは?」である。
かの国は「我々は常に誠意を持って対応している」と言いながら、国家間の約束事をいとも簡単に反故にする。1994年にアメリカと凍結を約束した核開発も、見返りの軽水炉建設と毎年重油50万トンの提供を無償で受けながら、こっそり続けていた。それがバレて「約束が違うじゃないか!」と迫られると、IAEA(国際原子力機関)の査察を拒否しNPT(核不拡散条約)から脱退した。そして今は、核兵器を持っているんだぞ、ミサイルを打ち込むぞ、と周囲を脅している。
弱点を突かれると開き直って詭弁(きべん)を弄(ろう)し、都合が悪くなると言い逃れをする。こちらが何を言っても通じない。
仮にも一国の政府がこれほど反道徳的なことを繰り返している例は、世界史を紐解いてみても見つからない。果たして日本は、こんな北朝鮮との国交正常化を急ぐ必要が本当にあるだろうか?
ボクに限らず大方の観察するところ、北朝鮮は嘘で塗り固めた政治体制が自らの政権維持のために嘘の上塗りをしている。厚化粧をしているのである。
主体思想と先軍政治とやらを突き進めてきた結果、国の経済は疲弊(ひへい)し、国土は荒れ放題。これといった国内産業は育っておらず、命の糧である農作物の生産も減少していく一方。国民は飢餓(きが)に喘いでいる。それでも金正日政権は「核だ、ミサイルだ」と騒いでいる。しかも金が足りないものだから、ヘロインや覚醒剤などの麻薬を生産して密輸出する。中東や南アジアの国にミサイルを売り、ドルの偽札まで作る。それを海外メディアに指摘されると「そのような事実はない」とシラを切る。あきれた所業である。普通の国がすることではない。
二月十六日。北朝鮮では「偉大なる領導者同志である金正日将軍様」の誕生日とかで派手に騒いでいた。しかし、例年ほどの華やかさはなく、金詰り状態が明らかに窺えた。このイベントも、首都平壌と将軍様が生まれた聖地だという白頭山で、軍や党に所属する特権階級の連中がやっているだけのようだった。北朝鮮国内のほとんどの地域ではそれどころではなくこの冬の寒さと飢えを凌(しの)ぐことに皆が腐心している状況だ、と北朝鮮ウォッチャーは伝えている。
しかし、何によってこの歪(いびつ)な政権は維持されているのだろうか?
徹底した弾圧による恐怖政治と綿密に張り巡らされた密告体制がそれなのだろうが、社会主義の名の下の「平等分配」というシステムが国民から思考力と行動力を奪ってきたのだ、とボクは思う。
実際は成果の分配が平等に行われた訳ではないのに「社会主義だから平等なんだ」という幻想を植え付けられてきたのが北朝鮮の人々であり、「故国は地上の楽園だ」と信じ込まされて帰国事業に参加した在日の方々だと思う。金日成の頃からずっと、かの国は嘘を突き続けている。
とはいえ、金日成の頃は肌理(きめ)が粗(あら)くてもまだ肌は荒れていなかった。しかし、金正日が引き継いでから肌は荒れ放題。この頃はどんなに厚化粧をしても化粧の下の醜くなった肌が浮いて見える。衣食住もままならぬ国民はそっちのけで自己保身だけに汲々としている醜い心が透けて見える。それが現在の金正日体制だろう。
困った時に外圧を利用するのは日本の政治家もよく使う手だが、金正日の場合は、今にもアメリカが攻めて来るように演出し、この危難を乗り越えられるのは金正日一人だと自分を神格化していった。太平洋戦争前に天皇を現人神(あらひとがみ)として神格化した日本の軍部と同じ手法だ。妻を「とっかえひっかえ」したり、自分だけに奉仕させるために通称「喜び組」を組織したりするところは大奥を構えていた徳川将軍とよく似ている。多分、彼は日本が好きなのだ。なにせ将軍様なんだから。
現在の北朝鮮では貧富の差が広がる一方だという。外国からの支援物資も飢餓に苦しむ人たちへは届いておらず、支援物資を横取りし横流ししている一部の者だけが潤っている状態だと専門家は口を揃えて言っている。人道支援は必要だが、こんな体制下での支援は軍部と労働党に資金を与え金正日政権の延命に手を貸すだけで、人道目的は果たせない。今後、脱北者はますます増えていくに違いないし、北朝鮮はすでに国の体(てい)を為していない状態に見える。
韓国の有力月刊誌「月刊朝鮮」の編集長が言っていた、「金正日体制はあと1〜2年で崩壊する」と……。
彼がそう言い切る理由の第一は、配給制度の撤廃と経済政策の失敗。もの凄いインフレが進行しているから日本円で1500〜2000円の月収では白米を4kg買えば財布は空になる。庶民の不満はすでに我慢の限界に達しているらしい。市場経済の広がりが庶民の意識を変化させているとのことだ。
次に、金正日の周辺で事故や事件が頻繁に起こっている現状。重要なポストにいた幹部が死亡したり、政治の表舞台から消えたりしている。側近に異変が続き、明らかに政権内部が脆弱(ぜいじゃく)なものに変わってきているとのことだ。
三番目は、外圧の脅威が増していること。アメリカの第二次ブッシュ政権は核問題だけでなく人権問題も含めて北朝鮮包囲網を徐々に縮めているし、拉致問題を巡って日本はいつ経済制裁を発動するか分からない状態。頼みの中国は今度の核保有宣言に怒り心頭の様子。朝鮮半島の非核化を前提にしている中国は金正日にアイソを尽かす寸前だという。
中国にとっての北朝鮮は対アメリカ戦略の防波堤である。北朝鮮がアメリカの息がかかった韓国に吸収併合されると、実質的に鴨緑江でアメリカと国境を接することになる。それは絶対に避けたい中国だが、今や状況は変わってきた。アメリカは、金正日政権は認めないが親中国政権が北朝鮮に新たに誕生することについては異議を唱えないことを提案し、米中両国はすでに合意したらしい。
それでも日本は金正日体制の北朝鮮との国交正常化をする必要があるのだろうか?
何が何でも自分の任期中にやると言うのなら、小泉総理大臣は妄執(もうしゅう)に囚われているに違いない。「今まで誰も為し得なかったことをやるのが自分の使命だ」と思っているのだろうが、国際政治の大局を見失っているとしか言いようがない。ボクにはそうとしか思えない。
それにしても、このような北朝鮮に対していつまでも明確な態度を示さない日本政府もおかしい、とボクは思う。国家犯罪によって拉致された自国民を本気で取り返そうとしているとは思えないのだ。
北朝鮮の暴発を恐れているのだろうが、相手は実効性のない核とミサイルで厚化粧をしているんだと思えばいい。その高い化粧品を使えば自分がおしまいになることは金正日だって承知しているはずだ。だからこそ中国に対して、「朝鮮半島の非核化が朝中共通の終局目標である」と繰り返し表明しているのだ。
日本政府は、「一国だけでは効果が薄い」とか「いたずらに緊張を高めるべきではない」とか、御託(ごたく)を並べていないで堂々と経済制裁に踏み切ればいい。経済制裁をちゃんと行ってから「お前たちが拉致していった日本人を返せば制裁はやめてやる」と言えばいいのだ。国家の主権を侵されているのだから当然のことだろう。
主権国家としての誇りや恥を忘れてしまってこれしきのことも出来ないようでは、日本社会のモラルや倫理は急速に退廃し個人の人生観にまで悪い影響を与える。不条理が罷(まか)り通る社会になってしまう。
そもそも「人生いろいろ」の小泉さんは罪作りである。この頃は宿題を忘れた小学生が先生にこう言うらしい。
「先生。総理大臣だって言ってたじゃない、その程度の約束を守れなくたって大したことじゃないって」
だからこそ小泉さんと永田町の先生たちには「凛(りん)」として欲しい、無いものねだりかも知れないが……。
[平成十七年二月]
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