都筑大介 ひなたやま徒然草 10


 「ヤンクミ」ブームと
      「ほりえもん」騒動


         【05年3月】




 年甲斐もなくワクワクしながら毎週必ず観ていたTVドラマ『新ごくせん』が、先週の土曜日に終った。
 主役の仲間由紀恵さんはボク好みの若手女優のひとりである。清楚で理知的な印象のルックスが時折見せる、翳りのある表情は実に艶っぽい。
 超能力者・貞子を演じた『リング0〜バースデイ〜』ではその鬼気迫る演技にゾッとさせられたが、『トリック』でのインチキ占い師・山田奈緒子がそうだったようにコミカルな役どころを演じる彼女は実に愛らしい。『ごくせん』の高校教師・山口久美子もまた素晴らしく可愛かった。その彼女にしばらくお目にかかれないのかと思うと、なんだか寂しい感じがしている。ボクは自分の娘と同年代の彼女に擬似恋愛をしているのかも知れない。


 それはさておき、一月中旬からはじまった『新ごくせん』の視聴率は平均27%、最高が32.4%だったという。
 ボクのように還暦が近いジジイまでが観ているのだから「さもありなん」だが、その人気の源はこの頃やけに希薄になってきた「日本人らしい心」を見せてくれたことにある、とボクは思う。
 勧善懲悪
(かんぜんちょうあく)・長幼の序・恥を知る心・勤勉さ。それらがどんどん失われているのが今の世の中である。「正直者が損をする」のは昔から変わらないが、社会保険庁や道路公団の底無し無駄遣いに代表されるように、この頃はそれが余りにも頻繁で極端だ。しかも、理由も動機も不明な惨事が多発し、毎日毎日眉をひそめたくなるようなニュースが目や耳に飛び込んでくる。『ごくせん』は、束の間のこととはいえ、そんな鬱陶しい気分を吹き払ってくれるような番組だった。

                  

 今さら必要ないと思うが念のために説明しておくと、『ごくせん』というのは「極道先生」の意味。三流高校で教師をしている「ヤンクミ」こと山口久美子は、実は大江戸一家三代目黒田龍一郎の孫娘で、鼻つまみ者と落ちこぼればかりを集めたクラスの担任。そのヤンクミが類い稀な熱血と正義感で彼ら不良高校生たちを立ち直らせていく、というのがこのドラマの筋書きだ。
 なにはともあれ、ヤンクミが生徒に語る言葉と咄嗟に切る啖呵(たんか)がいい。その一部を紹介する。

人の強さなんてものは、力で決まるもんじゃないんだ!

ケンカに強いってことが人として男として強いってことじゃねーだろう!

人を傷つけるためだけに一方的に殴る蹴るすることを暴力っていうんだ!

本当に強い者は、自分の力をやたらとひけらかしたりしないもんだよ

大事なのは力の強さじゃない。心の強さなんだ

人には、自分にとって大切なものを守れる力があればそれでいいんだ

これからも一緒に汗を流そうじゃないか、心の汗を

仲間ってのはな。何年会えなくたって、どんなに離れてたって、一生ものなんだよ

(いい台詞だなあ)と、ボクは半ば感動してそれぞれのシーンを見ていた。それに、宇津井健さんが演じたヤンクミのおジイちゃんの大江戸一家三代目親分・黒田龍一郎の台詞がまたいい。

大人だからって、皆がみんな立派かてぇと、そんなこたぁない。間違った大人もいっぱいいる。自分が見たいと思うものしか見えないやつらもな

人間てぇヤツは、そう利口じゃねーからな。何が大事かってぇことを見失っちまうことがあるんだ。つまらねーものに邪魔されてさあ。意地とか見栄とかってやつに。そいつが厄介なもんでさあ。自分じゃなかなか取っ払えねーもんなんだよ

間違った時は謝る。それが人の道てぇもんだよ

ケンカが弱くたって、あの生徒さんの優しさはきっと強さに変えられるよ

四六時中自分のことを心配してくれる人がいりゃ、人ってぇのは真っ直ぐ歩いていけるもんじゃねーのかい?

(そうそう、親分のおっしゃる通り!)と、ボクは心の中で拍手喝采(かっさい)していた。おっと忘れちゃいけねー。ヤンクミの小気味のいい、愛情こもった言葉はまだあった。

いま夢や希望がないからって、これから先も同じだと決め付けるな! 誰にだって同じだけの可能性があるんだ!

何一つ不満なく思い通りに生きているヤツなんかいないんだよ!

迷って、もがいて、立ち止まって。寄り道して、また戻って。皆そうやって生きてくんじゃねーか! そうやっていつか、自分の人生見つけてくんじゃねーのかよ!

だから諦めないでくれよ、逃げないでくれよ、そんなに簡単に答えを出さないでくれよ!

 ヤンクミを演じる仲間由紀恵さんの思い詰めた表情と透きとおった声がボクの心を震わせた。同じ台詞をしゃべっても他の人だったら多分そうはならなかったと思うが、とにかくボクがヤンクミに心を若返らせてもらったことは事実である。早く続編をやってほしいものだ。


 目を転じて「ほりえもん」騒動である。

 二月中旬。中堅IT企業「ライブドア」が、ニッポン放送株の35%を取得したと発表した。株式市場の時間外取引を利用しての、出し抜けの大量買付けである。ライブドアはさらに買い増しを進め、三月中旬には議決権ベースで過半数を制する株を取得した。その間、ライブドアの堀江社長は「業務提携をしたい」と言い続けた、それも「フジサンケイ・グループ」全体と。

 フジサンケイ・グループ中枢の「フジテレビ」はあわてた。ニッポン放送はフジテレビ株の22.5%を持つ最大株主である。このまま放っておくと、ニッポン放送ばかりかフジテレビまでがライブドアの支配下に置かれる。そこですぐさま防御に打って出た。ニッポン放送が現在の株総数の1.4倍もの新株を発行し、それをすべてフジテレビが引き受けるという「新株発行予約権」である。
 これは素人のボクが見てもいただけない方策だった。フジテレビだけが優遇されて他の株主の権利が半減するのは株式経済の原則に反する。案の定、ライブドアが提訴した「新株発行差し止め請求」を裁判所は認めた。


 その間、フジ側が「ニッポン放送焦土作戦」を検討しているとか、ライブドア側は「フジテレビ買収を視野に入れたLBO(レベレッジド・バイ・アウト)」を計画しているとか、様々な憶測が乱れ飛んだ。それも単なる憶測などではなく、実際に行われる直前にあった。
 しかし昨日、ソフトバンク・インベストメントが、ニッポン放送が持つフジテレビ株の約14%を借り受ける形でフジテレビの筆頭株主に躍り出て、フジテレビを支配したいというライブドアの野望は頓挫
(とんざ)した。

 この一連の経緯を見ながら、ボクはまたもや、心のすさんだ人々をこの目に視たような気がした。

 焦土作戦というのは敵が乗り込んでくる前に陣地を焼き払うもので、めぼしい財物を自ら失うことである。つまり、この作戦を実行すると優良企業ニッポン放送は価値のない会社に成り下がり、当然の成り行きとして倒産へと向かう。
 また、LBOというのは、「小が大を呑み込む」際に買収相手の資産を担保にして資金を調達して株式を買い集め乗っ取るやり方で、以前にアメリカで頻繁に利用されたM&A(Merger & Acquisition=企業買収)手法である。その結果、標的にされた優良企業がM&A後にバタバタと潰れ、アメリカ経済の長期低迷の一因となった。法的には許されていても誰もが「禁じ手」と理解している。なぜかというと、乗っ取りに費やされた膨大な借金と利息は買収された会社が支払わなければならず、買収後の成長計画と利益計画にちょっとした誤算が生じると、すぐに固定資産や流動資産の切り売り状態に陥るからである。

 フジテレビもライブドアも、互いにこんな危ういことに手を染めようとしていたという訳だ。

 時代の寵児になった感のある「ほりえもん」こと堀江貴文ライブドア社長は、まだ三十二歳の若輩ながら、大変な野心家であることは間違いなさそうだ。ただ、いきなり後ろから人を殴りつけておいて、その相手に「握手しましょうよ」と言うのは、いかにも幼いし礼儀知らず、である。
 勇猛果敢な彼が閉塞状態の世の中に一石を投じた功績は認めるが、もしも彼が自分の息子だったら、間違いなくボクはゲンコツを数発食らわしている。それぐらいにお行儀が悪いと思う。

 最近になってようやく、ニッポン放送のリスナーや取引先、そして社員に対しても気を配る発言をするようになったものの、まだまだ付け焼刃。これを機会に彼には、彼の会社の通販部門も扱っている『ごくせん』のDVDを繰り返し観て、人間的な成長をしてもらいたい。叩かれて四面楚歌にされた経験を生かして未来を拓いてほしいと、ボクは思う。

 一方の「大人たち」はというと、少なくともフジサンケイ・グループの経営者たちは、「迂闊(うかつ)」だった。彼らは、国の経済が喘いでいても特殊な分野の事業に携わっていることで得られる安定という座布団の上に「胡坐(あぐら)をかいていた」と言うほかに、ボクは言葉を持たない。汚職官僚や無駄遣い役人と似たり寄ったりだとしか、ボクには思えないのである。

 今後は、ヤンクミのように「日本人らしい心」を持ち、もっと「本当の大人」になった「第二・第三の、ほりえもん」が登場して、日本を善い方向に変えてくれるのをボクは願う。

                                        [平成十七年三月下旬]