都筑大介 ひなたやま徒然草 11

  国民を守る気がない?







 小泉さんが「改革の本丸」だという郵政民営化はどうやら看板の付け替えで終りそうだし、ニッポン放送をめぐるTOB(企業買収)騒動にしても「ヘェ、そういうやり方もあったんだ」と思うだけで、我々庶民にとっては対岸の火事である。
 しかし、この四月に施行された『ペイオフ』となると、貧乏たれのボクなんかは別として、そこそこお金を持っている人の自宅では小火
(ぼや)騒ぎが起こっている。しかも、その火をつけた犯人が分かっているのに警察は捕まえてくれない。なぜなら、その放火犯は政府だから。

 今後、庶民が銀行に預けたお金は、元金1000万円とその利息までしか保証されない。この額を超える預金は、預けている銀行が潰れるとほとんど戻ってこないことになった。しかし、仮に3000万円持っているとしたら、三つの銀行に小分けして預ければいいのだから、弱るのは大金持ちということになる。そこで銀行は、大金持ちのために個人決済用預金口座というものを新設した。いつでも自由に引き出せるが利息はつかない。企業が利用している当座預金口座とほぼ同じである。しかし、これを別の角度から見ると、銀行は利息を払わないで資金を集めることができるようになったわけである。しかも、預金引き出しの度に手数料を取って……。まさに火事場泥棒と同じなのだが、やはり警察は捕まえてくれない。

 ことほど左様に、今の政府は国民生活を脅(おびや)かし、その一方で官界と財界が潤うようなことばかりしている、とボクは思う。

 そもそも国は、「国民の生命・財産の安全を確保する」という契約の下に国民から税金をとっているはずである。にもかかわらず、この二十年間、政府はちっとも国民を守ろうとしてこなかった。たとえば北朝鮮による日本人拉致事件がそうである。

 警察や公安が証拠をつかんでいるのに、政府は二十数年間放置してきた。たまたま五人の拉致被害者の方が帰国できたが、それも日本からの経済支援を当て込んだ北の将軍さまが――ボクに言わせれば気紛れに――そうしただけであって、日本政府があの方たちを取り戻したわけではない。そして現在も、色々と確かな証拠がある特定失踪者に対して拉致の追加認定をしない。北に拉致された自国民を取り戻す意思がないとしか、ボクには思えない。

 松本サリン事件だってそうだ。事件発生当初に犯人扱いされた河野義行さんは、この十年間、サリンの被害で口も利けずからだも動かせない状態になってしまった奥さんを懸命に看病・看護してきた。この間の治療費はすでに1500万円を超しているという。それがすべて河野さんの自己負担である。サリン事件をテロと認定した日本政府による国家賠償はゼロだ。

 アメリカは「911同時テロ事件」の被害者に対して、死亡者の家族に2億円、負傷者は最高5000万円という高額の補償をした。ところが我が国の場合、テロ犠牲者に対する国家賠償法が出来たのは地下鉄サリン事件の後であるとの理由で、それ以前に被害を受けた河野さんの場合は国家賠償が適用されないという。地下鉄サリン事件の被害者への補償も、拉致というテロに遭った被害者に対する援助も決して十分とは言えない。バブルの最盛期からずっと、政治家と官僚がつるんで税金の無駄遣いをし、そのツケを増税や新たな保険料徴収という形で国民に回し続けている。連中が無駄遣いした金額は何兆円にものぼる。それを考えればテロ被害者に対する国家賠償の金額など微々たるものなのに……。

 どこかおかしい、とボクは思う。

 話は変わるが、もうじきアメリカ産牛肉の輸入が再開されそうである。小泉さんはブッシュさんの要請には逆らえない様子だ。我々庶民にとって狂牛病に罹(かか)る確率が高まるわけだから、牛肉を食べる時は産地確認を欠かせなくなった。国が守ってくれないのだから、自分で自分を守るしかない。
 年金にしてもそうだ。国民年金基金のPRパンフレットによると、現在六十五歳以上の夫婦二人が実際に支出する生活費は月に約27万円だという。それに対して、現実の国民年金は夫婦二人で月に約14万円支給されるに過ぎない。そして、あと二年もすれば間違いなく消費税は上がる。いったい誰がボクたち国民の老後を守ってくれるのだろうか? やはり自分で守るしかない。
 それにこの頃はうっかり夜歩きもできなくなった。暗闇から飛び出してきたヤツに襲われて、金を奪われるだけならまだしも、命まで奪われてしまうことだってある。日本の治安は日を追って悪くなる一方だ。にもかかわらず、政府はこれといった策を講じない。だから自分で気をつけるしかない。

 日本政府は今、何を守ろうとしているのだろうか?

 政治家は口を開くと「国益を守る」と言う。その「国益」というのは本来、国家の利益であるのと同時に、国家の主権者である国民の利益を意味している。しかし、国民の利益は後回しにして、もっと言えばないがしろにして、国を動かす立場にある自分たちの利益のみを追求してはいないだろうか?

 国民には納税の義務があり、国には国民の生命と財産を守る義務がある。今の政治と行政の世界では、この「自分の国の国民を守る」という最も基本的なことが忘れ去られているような気がしてならない。
 小泉流の構造改革は、本当に国民の利益につながるのだろうか? 安保理の常任理事国入りや小泉さんがやりたい北朝鮮との国交正常化は、急いでやるべきことなのだろうか?
 最近の政治の流れや社会情勢の変化を見ていると、「和」を尊ぶ日本という国にあった、皆が互いに助け合う、本来の「良さ・善さ・好さ」が失われてきているように思えてならない。特に政治家や官僚の言動にそれが顕著(けんちょ)な気がする。


 このところ近隣諸国との関係が思わしくない。原因は色々あるが、表面上は小泉さんの靖国神社公式参拝と歴史教科書の記述である。しかし、極めて特殊な立場にいる北朝鮮の日本批判はともかく、中国や韓国の日本批判の根底には「日本の右傾化・軍国主義復活に対する潜在的な恐怖感」がある、とボクは見ている。敗戦の泥沼からたちまちのうちに這い上がって世界第二位の経済大国になった日本の底力が怖いのだ。「もしもその力が軍事に注がれたら……」と恐れているのだと思う。
 日米安保条約を補完する周辺事態法を成立させた日本、イラクへ自衛隊を派遣した日本、国連安保理の常任理事国入りを目指している日本、そして憲法改正論議が盛り上がっている日本は、太平洋戦争前の軍国日本に後戻りしようとしていると見られているに違いない。

 ボクは不思議に思っている。過去の総理大臣とは違って大衆受けするアドバルーンを揚げ続けている小泉さんの「総理大臣としての公式参拝」が、である。
 なぜならば、
ボクの記憶が間違っていなければ、彼は総理大臣になる前は靖国参拝など滅多にやったことのない政治家の一人だった。その彼が靖国参拝に拘って、その結果として今日の外交トラブルを招いている。なぜか?
 答えは二つ。一つは選挙の時に遺族会の票が欲しいこと。もう一つは、彼は見かけと違って今の自分を更に高めるために学ぼうとしていないタイプだし(これは間違いない)、その故に本当の意味における自分自身の考えを持っていないということである。
 
自分にとって好ましいことしか言わない取り巻き周囲の意見を鵜呑みにして判断し、自分独りで「悦に入って」行動しているとしか、ボクには思えない。
 ボクは、特に最近の小泉さん見ていると、自己のナルシシズム(自己陶酔)に浸っているように見えてならない。ナチスドイツのヒットラーのそれに酷似しているように感じられてならないのである。


 戦前の軍国日本・言論統制時代に後戻りするなんてボク個人の杞憂(きゆう)に過ぎないことを願っているが、個人情報保護法だの人権保護法だのと耳あたりのいい名前がつけられた法律がその実はマスコミの口をふさぎ国民を統制しようとする内容を含んでいるのを見て、この頃ボクは心配している。ボクが学んだ昭和十年前後の社会情勢と今の社会情勢がよく似ているからである。

 日本という国は今、どこへ向かおうとしているのだろうか?


                        [平成十七年四月中旬]