都筑大介 ひなたやま徒然草 13

  
カタチより心でしょ






 涼しげな姿恰好でビジネスをすることを『クール・ビズ』と言うのだそうだ。地球温暖化防止のための省エネ対策のひとつとして、夏季のエアコン設定温度を例年より2度高い28度にする。その代わりノーネクタイのラフな姿で仕事をしてもいい、いや、皆そうしろと政府が音頭をとって今月から始まった。

 そんなわけでラフな服装で仕事をする国会議員の先生たちや中央官庁の役人たちがテレビで紹介されている。しかし、一昔前に苦笑させられた『省エネルック』と比べればまだマシだとは思うものの、ボクにはやはり違和感がある。

「元々顔が暑苦しいのだから、いくら涼しそうな恰好をしてもダメだよ」というのではない。悪事を働いた代議士が警察に逮捕されたときにネクタイを外されて護送車に押し込まれるが、「あれと一緒じゃないか」というのでもない。ボクには彼らが真面目に仕事をしているようには見えないのだ、いつも不毛な論議ばかりしているのだからどうでもいいようなものだけど……。

 このこともそうだけれど、小泉政治はカタチばかり重視している向きが強い。「カタチさえ整えば中味はどうでもいい」と思っている節がある。道路公団改革がそうだったし、郵政三事業の民営化も結局そうなるのは火を見るより明らかだ。「仏つくって魂いれず」という言葉があるが、まさにそれである。
「見かけより中味が重要、カタチよりココロが大切」とボクは思うのだが、どうやら小泉さんたちはそうではないらしい。

 靖国参拝問題も、カタチにばかりこだわるから近隣諸国との軋轢を深刻なものにしている。小泉さんが国会で答弁したように、「戦争の犠牲になった方々に対して哀悼の意を表し、二度と戦争を起こさないことを誓っている」というのなら、総理大臣として公式参拝することが唯一の方法ではあるまい。公式参拝というカタチにこだわる必要はない。私的参拝であっても、その真摯な思いが心の中にあれば充分だとボクは思う。

 そもそも小泉さんは、靖国参拝などしなかった政治家である。それが総理大臣になるために遺族会関係者の支持が欲しくて「戦没者追悼式典が行われる終戦記念日の八月十五日に公式参拝する」と公約した。しかし、この公約は守られていない。就任後、都合四回ほど靖国参拝をしているが、八月十五日に参拝したことはない。小泉さん流の言い回しだと、遺族会に対しては「近隣諸国への配慮から八月十五日は避けているが、毎年キチンと公式参拝しているじゃないですか」となり、近隣諸国に対しては「参拝は心の問題であって、他国が干渉すべきことではない」となる。中途半端にカタチだけつくっているから言い訳も苦しい。

 古来日本人は様式を大切にしてきた民族である。様式とはカタチ。だから、カタチが好ければ支持が得られる。
 このことを熟知している小泉さんと彼のブレーンは実に巧妙にパフォーマンス演出をしている。本音はどうであれ、建前をしっかり守ることで庶民の共感を得られると信じている様子だ。
 しかし、日本的様式にはその背後に筋の通った心構えがある。その心の美しさが大切なのだ。


 ボクは考えが古いのかも知れないが、省エネという建前はあるものの、『クール・ビズ』は公の場で身に着けるべき装束とは明らかに異なる。本来の様式を壊すものである。
 国会議員だからこそ、エアコン温度を上げた暑い中でも背広を着てネクタイをキチンと締めて仕事をすべきだと、ボクは思う。そして、汗をダラダラ流しながら白熱した論戦をして欲しい。それこそが国民のために働いている姿・カタチ、すなわち心が伴った『様式の美』というものだ。

 庶民はリストラに怯え、汗水たらして懸命に働いている。その現実を考えれば、政府が主唱する『クール・ビズ』は、省エネという建前の薄い生地から「暑いのは御免こうむりたい」という政治家や役人の本音が透けて見える。そこがボクは気に入らない。

 美しい行動様式を保つためには我慢が必要だ。本音と私欲を抑え込む自制心がなければならない。しかし、近頃は『我慢が利かない日本人』が増えている。いつも立派なことを言う国のリーダーたちからして口と行動が伴わない。税金の膨大なムダ遣いは、権益に群がる政治家と自分たちさえ良ければそれでいいと私欲にかまける役人や特殊法人に天下った連中の仕業だし、最近明らかになった橋梁建設受注の談合構造もその流れだ。だから、下々は言うに及ばない。奈良の少女誘拐殺人も性的欲望を抑えることの出来ない人間の仕業だったし、振り込め詐欺の犯人たちには倫理観の欠片もない。あるのは金銭欲だけだ。道徳心に厚く、隣人に優しく、清貧に甘んじる『日本人の心の美しさ』はもはや望むべくもないのかも知れない。

 日本人はいつからこんな風に変わってしまったのだろうか?

 我慢が出来ない日本人が本当に増えてしまった、と嘆息する今日この頃である。考えるほどに腹が立って頭に血が上る。こうなりゃ、こっちは『ホット・ヒス』だ。

「おい、代議士先生! 背広にネクタイで、汗を流して働け!」

                                           [平成十七年六月]