都筑大介  ひなたやま徒然草 17


     誰も文句を言えなくなる?【05年8月19日up】




 八月十七日。ジーコジャパンは、中田・中村・小野などのヨーロッパ組抜きのメンバーながらも2対1でイランに雪辱し、アジア地区予選を第1位で通過して来年のワールドカップに駒を進めた。(日本サッカーも選手層が厚くなったものだ。本当に強くなったなぁ)と、ボクは感激しきりでジーコ監督の手腕にもいたく感心した。

 ジーコさんは選手の個性を大切にする指導者である。試合に勝つためのキーポイントだけを教え、それが出来るようになるために選手個々の努力を促がす。前のトルシエ監督のように選手を枠に嵌めることはしない。そして辛抱強く、一人ひとりの成長を信じて見守る。そこが凄い、とボクは思う。

 現オリックス・バッファローズ監督の仰木彬さんもジーコ監督と似た手法で選手を育ててきた。野茂とイチローをはじめとする現在アメリカのメジャーリーグで活躍している日本人選手の大半は仰木さんの教え子である。決して枠に嵌めるようなことはせず、個性を伸ばすことに専念したからこそ一流選手が育った。ボクはそう思う。

 翻って政界を眺めてみると、残念ながら、今の政治リーダーの中にはジーコさんや仰木さんのような指導者がいない。若い政治家を育てるよりも「目の前の権益と自己保身が最優先」の政治家ばかりである。小泉さんも同類だ。彼が後進を育てる努力をしているという話は聞いたことがない。変人なのだから当然と言えば当然だが、国の将来を考えている政治リーダーに欠かせない要件だとボクは思う。ま、小泉さんに期待してもムダだろうけど。

 それにしても熾烈だ、郵政民営化法案に反対した議員への報復攻撃は……。

 小泉さんは今、ミステリー小説『信長の棺』に出てくる「これから余は、この国の無能者の掃除人になると決めた」という信長の台詞がいたく気に入っているそうだ。自分を織田信長に見立てて悦に入っているらしい。(側近の中から明智光秀が出て来るかも知れない)などとはまるで考えておらず、そのうち信長と同じように「余は神になる」と言い出しかねない勢いだ。

 それもあってか、造反議員の選挙区すべてに刺客を送り込む指示をしている小泉さんの顔つきも変わってきた。鬼か夜叉の形相に近くなってきたものだから、自民党の選挙用ポスターには以前に撮った柔らかい表情の写真を使うらしい。昔の顔で出るなんて変な話だが、そこまで神経質に大衆受けを狙っているのが可笑しい。小泉さんがパーフォーマンス政治家である証拠だが、信念一徹の政治家を気取っている割には小心だ。


 そもそも小泉さんに政治家としての信念があるとしたら、「角福戦争に敗れた遺恨を晴らす」ことと「ブッシュ大統領の要望に応える」ことぐらいで、日本国の将来に関する政策理念など爪の垢ほどもない。
 すでに四分割民営化が決まった道路公団改革は官僚の天下り先を増やしただけで、公団は大赤字で公団の子会社は全部黒字という腐敗構造にメスは入っていない。
 今度の郵政民営化法案にしても改革の中身が伴っていない。350兆円の郵貯・簡保資金はその一割程度が民間へ流れるだけで、残りの九割は今まで通りに赤字国債の引き受けと特殊法人への貸し出しだ。
 一説によると、三分の一近い100兆円はすでに焦げ付いて不良債権化しているという。このあたりをすっかり透明にして国民の目に見えるようにしてこそ構造改革だと思うのだが、決してそれはしない。カタチだけ変えて「構造改革を実現した」と叫んでいる。


 官僚依存体質の小泉さんは、自分は「名」を取り、「実」は官僚たちに与えることに満足しているようだ。いみじくも「政策より政局の方が得意なんだよ」と自ら語ったように、政策的な信念はない。郵政民営化も昔の遺恨がからんだ旧橋本派つぶしの色彩が強いし、今回の非情なやり方を見ると彼は私怨と執念の政治家であるとしか、ボクには見えない。国家百年の計などには無関心だと思う。

 今回の総選挙で小泉自民党が勝ったとしよう。そうなれば小泉さんと意見を異にすれば政治生命を失いかねない。その恐怖で自民党議員は萎縮する。
 増税だろうが自衛隊の海外派遣だろうが、憲法改正だって、小泉さんがやると言ったら皆が賛成する体制が出来上がる。誰も文句が言えない、まさしく戦前の大政翼賛会体制、全体主義への回帰である。


 だから危険なのだ。

 憲法を改正して、現在の個別自衛権だけでなく集団自衛権も認めるようになると、アメリカの戦争のお先棒を担ぐことになる。
 つまり、日本はまたすすんで戦争を始める国になる。
「日本の未来を背負う若者の心身を鍛えるために」兵役制度をつくり、「国を守るために」徴兵制だって復活させかねない。

 それを阻止したくても、すでに成立した『個人情報保護法』とこれから成立しそうな『人権擁護法』がマスコミと国民の口を塞いでしまう。この二つの法律を併せて運用すると、戦前の『治安維持法』と同じ効果を持つ内容になっているから怖い。


 このように日本の民主主義は崩壊の危機に瀕している、とボクは強い懸念を持っている。しかし今、小泉支持率は60%に迫ろうとしている。

 なぜか?


 我々日本人の心の中には、我々のためを考えてくれる立派な指導者に支配されたいという願望が潜んでいる。立派な指導者に支配されていると想うことによって安定感または安心感を得ようとする傾向が、我々日本人には強い。

 小泉さんと彼のブレーンは、「自民党をぶっ壊す」「構造改革なくして成長なし」と叫ぶことによって、見せかけの改革を実行することによって、国民のことを考えている立派な総理大臣だという演出している。人心操作が巧みだ。


 その一方で、今回、小泉さんはエゴイストの側面を露わにした。

 エゴイストは、他人を一個の主体的人間とは認めないが、適当に機嫌を取ったり脅かしたりして、自分の自我の安全と利益のために他人を道具として利用する。その精神的な背後に自己陶酔のナルチシズムがある。また、自我が一定の形に固まっていて、その形に反するものは一切受けつけない。
 このような人格の持ち主は常に敵を必要とする。自分以外の何らかの存在が敵に見えてくる。敵を発見し、あるいは敵を捏造することが、本人の精神的安定に役立つ。


 人間にとって危険なのは権威への服従と感受性の欠如である。権威の命令に無批判に服従して残忍なことを実行する「小心で職務に忠実な人間」は相手の苦痛に対する感受性を欠いている。
 これに該当するのが小泉さんの取り巻き連中だとボクは思う。危険な方向へ走ろうとする指導者を諌め引き止める努力をしない小心な人間たちこそ、真の意味で、国を危うくする。


 いささか大袈裟に過ぎるかも知れないが、今ボクは、この国の将来が心配でならない。ジーコさんや仰木さんのように「おおらかに」「柔軟に」「個人の尊厳を重視して」国民と国家を成長させていく指導者が出てくることを、ボクは切に願っている。

[平成十七年八月十九日]