都筑大介 ひなたやま徒然草 20  
白紙委任って、怖いよ




 総選挙の投票日がいよいよ明後日(九月十一日)に迫ってきて、ボクは改めて自民党と民主党のマニュフェストを読み返してみた。そしてつくづく思った。
「やはり今回は、民主党への政権交代が必要だな」
 自民党のマニュフェストには、あまりに誤魔化しが多いからである。


 120項目ある自民党マニュフェストで、内容がはっきりしているのは「郵政民営化に再挑戦。参議院において否決された民営化関連六法案を次期国会で成立させる」という第1項目ぐらいのものだ。
 あとは「社会情勢の推移に適合した見直しを行う」だの、「抜本的検討を行う」「所要の措置を講じる」「早期策定を目指す」「新時代に相応しい体系を構築する」「一層強化する」といった抽象的な言葉のオンパレードだった。


 皆さん、この自民党マニュフェストは誰が作ったと思いますか?
 そう、各省庁の官僚たちです。官邸の指示で官僚が作文したのが自民党のマニュフェストなのです。だから、決して言質を与えないように配慮された巧妙な文章が並び、新しいことをやりそうな印象を与えながら実は何も約束していない、まるで芸術作品のようなマニュフェストになっています。

 ことほど左様に今の自民党は、党自身に政策立案能力が無いために官僚に丸投げしている状態で、学生時代に政治学を学んだボクからすれば「情けない」のひと言だ。しかも官邸は、意図的に経済指標をいじって政治利用しているのみならず、隠しおおせない悪い数字は選挙が終るまで発表させないという卑劣さだ。政府と政権与党の常套手段だとはいえ、ボクは腹を立てている。

 選挙戦が中盤に入って、小泉さんはこう言い出した。
「郵政民営化が出来れば、景気が良くなる、財政再建が出来る、外交も上手くいく」

 落語の「風が吹けば桶屋が儲かる」という屁理屈と同じ、稚拙な論理を恥も外聞もなく喋っていることに小泉さん自身は気がつかないのだろうか?

 この小泉発言で唯一納得できるのは、「アメリカとの外交が上手くいく」ということだ。今年の春に、郵政資金の獲得競争にアメリカ資本が参入できるように商法改正をして、ブッシュさんのご注文に応えたのだから確かにそうだろう。
 しかし、郵政を民営化しても、中国や韓国との摩擦は無くならないし、景気が良くなり財政再建につながるとは信じられない。


 冷静な外国メディアは次のように論評している。
「日本は、郵政民営化の前に、山積している問題を片付けるべきだ(米フィナンシャルタイムズ)」
「経済効果が期待できない郵政民営化に、かまけ過ぎれば日本が沈む(米ニューズウィーク)」
「改革の成果がない小泉氏に対する国民の嫌気の表れが参議院での否決なのに、小泉氏は自民党内の造反議員に責任を転嫁して、国民に新たな白紙委任状の提出を強要している(仏ルモンド)」

 小泉さんの「郵政民営化こそ改革の本丸だ」という主張は、言葉として明快だ。しかし彼は、何ら明確なビジョンも実現計画も示していない。何をどう変えるのか、その結果どうなると想定しているのか、それが国民一人ひとりにどんな影響をもたらすのか、まったく説明がない。
 中身がないから説明できないのだろうが、その辺を外国メディアはよく見ている。


 総選挙公示直後の党首討論で野党に攻められた小泉さんは、「いわゆるサラリーマン増税は行いません」と言明した。

 それでは、小泉首相の諮問機関である政府税調のあの答申は何だったのか?


 過去を振り返って見るといい。
 政府税調の答申は、いつの時代でも官邸と大蔵省(現財務省)の意思を反映してきた。つまり、あの内容は政府の意思なのだ。
 そして、政府税調に「より大きな増税幅」を答申させておいて、「政府税調案より小幅な増税」で法案を成立させ、あたかも政権与党は国民の味方なのだと演出する。癒着関係にある自民党と官僚が演出する「十年一日がごとき」ワンパターン劇だ。


 そもそも財政逼迫の予測数字自体を現実より大きく官僚が作文して、その偽の数字に基づいて答申を作るのだから、政府税調が示す増税幅は必然的に大きくなる。その幅を縮めて成立させる法案でも、財務的にはオツリが出るという算段なのだ。国民を愚弄している。

 だから、「つまみ喰いの喰い散らかし」政治をやっている小泉政権が続けば、何だかんだと屁理屈をつけて、予定通りに四千三百万人のサラリーマンをターゲットにした大増税をするのは火を見るより明らかだ。そうしないと、官僚たちが御身大切に守っている肥大化し腐敗している組織がもたないからである。

 この徒然草に何度も書いてきたが、小泉さんであれ誰であれ、今政治がやらなければならないのは官僚支配からの脱却である。
 国の主導権を「官(官僚)から政(政治の場)へ」が改革の本丸なのだ。
 小泉さんは政治がやらなければならない課題の優先順序を明らかに間違っている。



 国の「内政」と並んで重要なのが「外交と安全保障」である。
 このことを考えると、最近の韓国での情勢変化が気になって仕方がない。
 南北統一が悲願である韓国は、親北朝鮮へとどんどん傾斜して行っている。それを小泉さんは、わざわざ加速するような言動をしている。


 韓国が北朝鮮サイドに立てば、拉致問題の解決はますます難しくなる。政治の最大責務は「国民の生命と財産を守る」ことなのに、北朝鮮に拉致された人たちはいつになっても救済されない。日本という国は、小泉政権は、あの人たちを見捨てようとしていると言っても過言ではあるまい。

 拉致問題に関する自民党のマニュフェストは次の通りである。
「拉致問題の解決に向けさらに努力。拉致問題の解決なくして国交正常化はないとの基本を確認する。経済制裁の発動を含め、拉致問題の解決に全力を傾注する」
 今まで何もしてこなかった小泉政権が、選挙となると「全力を傾注する」と言う。「基本を確認する」ということは、今も日朝国交正常化を目指しているということ。自分が歴史に名を残したい小泉さんは、このマニュフェストで新しい意気込みや覚悟を一つも語らず、拉致被害者の救出に関しては「何も出来ません、何もしません」と言っている。これではあの人たちが余りにも可哀想である。

 民主党も今一つ歯切れがよくない。
「北朝鮮人権侵害救済法案を成立させるとともに、その解決に向け、拉致被害者・家族全員の速やかな帰国と真相究明に全力を挙げる。改正外為法、特定船舶入港禁止特別措置法に基づく措置の発動も視野に入れ、積極的に取り組んでいく。拉致事件の解決など北朝鮮問題に正面から取り組む」
 ボクとしては、「経済制裁を発動して積極的に取り組んでいく」と書いて欲しかったが、「北朝鮮人権侵害救済法案成立」を避けている自民党よりマシだ。

 それからもう一つ、気になることがある。
 自民党の武部幹事長は、東京十二区の公明党候補・太田昭宏氏の応援にかけつけてこんな発言をした。
「太田候補を、我々自民党も必ず守り抜きます!」
「公明党と自民党は一つなんです!」

 ちょっと待てよ、と思いませんか?

 連立政権を組んでいるのだから分からないでもないが、郵政民営化法案に反対した八代英太氏を比例名簿の上位に載せる密約をして出馬辞退させのみならず、そのことがマスコミに洩れると約束を反故にした。怒った八代氏が無所属で出馬したために上記のような発言が飛び出したという次第だ。
「節操の無いこと、ここに極まれり」だ。自民党という政党には、公明党・創価学会の集票麻薬が染み込んで、常習患者になっている。


 こんな自民党がマニュフェストに掲げた国民への約束を守るとは、ボクにはとても思えない。組織票を回してくれる公明党・創価学会との約束は守っても、国民との約束は守らないに違いない。また、小泉さんのあの言葉がボクの耳を打つ。

「この程度の公約を守らなくたって、大したことではない」

 小泉さんは、その昔「経世会支配からの脱却」を目指したYKKの一人である。
 長男の加藤氏は「変心」し、次男の山崎氏は「変態」ぶりを露呈し、三男の小泉氏は「変人」として権力を揮っている。
 経世会の流れを汲む橋本派がバラバラになり、対抗勢力の亀井派は壊滅状態となった今、YKKの当初の目的は果たされた。しかし、自由民主党は自由のない小泉独裁党になろうとしている。


 小泉政権が続いた場合、カタチだけで中身のない「郵政民営化法案」が成立する。その後は、多分、言論弾圧につながりかねない「人権擁護法案」が成立する。
 そうなると、小泉政権批判だけでなく、創価学会・池田大作名誉会長批判も、朝鮮総連批判も、人権侵害とされる可能性が極めて高い。
 その結果、喜ぶのは池田大作さんと金正日総書記だろう。
 奇しくも小泉純一郎・池田大作・金正日の三人に共通するのは、「自分に反対するものを徹底的に排除する」点である。ボクらはそれを忘れてはならない。


 採算の取れない不要な高速道路を昔の計画通りに造ることになった道路公団民営化もそうだったが、小泉さんは、骨抜き郵政民営化法案でも可決させれば「改革を成し遂げた」と言うに違いない。
 その前に「選挙で勝たせてもらったということきは、国民が小泉政治を支持しているということだ」と叫んで好き勝手をはじめる姿が目に浮かぶ。

 小泉さんは、「郵政民営化に、賛成か反対か」という、総論では反対し難い課題を国民に突きつけてその他の重要なことをすべて白紙委任させようとしている。
 まさに稀代の策士である。
 懸命なる諸兄諸姉が、小泉さんが創り上げた幻想と言葉の魔術に惑わされないことを、ボクは切に願っている。

 白紙委任って、本当に怖いんだから。

                                      [平成十七年九月九日]