天高く、外れ馬券舞う秋
最終戦 有馬記念(12月22日、中山芝2500m)
絞り込んだ4頭のうちの3頭が上位を独占したというのに、馬券はきっちり外れてしまうところが哀しい。
(そろそろ美空ひばりの『悲しい酒』はやめにしたい……。今度こそ安全地帯の『悲しみにさようなら』を口ずさみたい……)
手にしたはずの勝利がいつもポロリと指の間からこぼれ落ちる自分の不運を嘆くカバだったが、決して落ち込んでいる訳ではなかった。今年最後のこのG1レースで、一発逆転、乾坤一擲(けんこんいってき)。何としてでも勝って、この一年を笑顔で締め括ろうと決意を新たにしていた。
他のメンバーも思いは同じ。有馬記念を勝って一年を締め括りたい。
絶好調の豆腐屋ハンペーも例外ではない。来年一年分の競馬資金を稼ぎ出そうと欲の皮を突っ張らせている。
タヌキはタヌキで、孫たちにお年玉を大判振る舞いしている自分の誇らしげな姿を思い描いている。
ひなたやま四天王は予算をいつもの倍に増やして大勝負を張ることを決めた。といっても三千円を六千円にする程度だから世間のギャンブラーから見ればつましい話であるが、最もつましい床屋のツルも普段の倍の三千円を賭けることにした。
「一人だけ多く子供の頭を刈れば何とかなるから……」
理容室ツルノの婿養子殿は珍しく見栄を切った。客待ち商売の床屋がどういう計算をすれば一人だけ多いことになるのか、是非知りたいものだが深く追求してはいけない。ツルが奥さんの美鶴ちゃんに土下座をして臨時手当を頼み込むのは明らかなのだから。
「カバさん、オレ、頼みがあるんだけどな」
「なんだよ、ハンペー、その頼みてぇのは?」
「例の4頭の中にさ、『これぞ勝負馬!』つう人気薄を1頭混ぜてくんないかな?」
「どういう意味だ、そりゃ?」
「だってさ、その人気薄が連に絡んだら間違いなく万馬券じゃん」
「けっ、これだよ、脳みそ代わりにオカラが詰まってるヤツは。後ろに立ってるヤツらと変わんねーな、お前も。頭ん中のオカラもいよいよ腐っちまったのか?」
「ち、違うよ……。ただ、オレ、同じ勝つんなら配当金が高い方が……」
「なんだ、もう勝ったつもりになってんのか? いいねー、極楽トンボは苦労がなくて……」
いつもの掛け合い漫才で幕が開いた有馬記念検討会はまたもや“さもしい根性”の学生たちがギッシリと詰めかけた中で始まろうとしていた。
その野次馬学生たちは誰も彼もが一年前のことを思い浮かべている。「居酒屋やすこには勝利の女神がいる!」という万馬券伝説が生まれたあの日のことである。
泰子女将の閃きへの期待は相変わらず高い。カバ理論など足元にも及ばない。
「それにしても豪華メンバーが揃いましたな」
タヌキ、もとい、讃岐金之助先生も今回は事前知識を仕入れてきている。「G1馬が9頭も出るんですからな」と目を輝かせた。
「そう、そうなんですよッ!」
床屋の婿養子は隙間だらけのバーコード頭を輝かせた。
一応おさらいをしておこう。
G1を3勝しているのはテイエムオーシャン(阪神ジュベナイルフィリーズ・桜花賞・秋華賞)。2勝がイーグルカフェ(NHKマイル・JCダート)、エアシャカール(皐月賞・菊花賞)、ジャングルポケット(ダービー・JC)、ファインモーション(秋華賞・エ女王杯)。1勝がシンボリクリスエス(天皇賞秋)、ナリタトップロード(菊花賞)、ノーリーズン(皐月賞)、ヒシミラクル(菊花賞)、の9頭である。
「ま、常識的に考えりゃ、このうちのどれかが勝ってどれかが2着てぇことになるけど、競馬は何が起こるか分かんねーし、走ってみなきゃ分かんねーからな」
「えっ、ずいぶん意味深な言い方じゃん。カバさん、なんか隠し玉があんの?」
「そんなものはねーよ。俺は当たり前のことを言ってみただけだ」
「なんだ、そうか。オレ、てっきり極秘情報をつかんでるんだと思っちゃったよ」
「極秘情報はないけどな、ハンペー。面白いデータが幾つかあるんだ」
「なになに、それって何?」
「あせるなって、いつも言ってるだろ? ハンペー、お前はせわしなくていけねーなぁ。あのな、過去の連対馬データを見るとな。十年前に前走でシンガリ負けしてブービー人気だったメジロパーマーが優勝して、去年は前走が2秒近く離された10着で最低人気だったアメリカンボスが2着に来てんだよな。2頭の共通点は“ノーマークの逃げ馬”だったってこと」
「へぇーっ、面白いね。今年はいるの、似たような馬は?」
「残念ながらいねーな。アメリカンボスも今年は七歳だから去年と同じことを期待するのは酷だろうし、強いて挙げりゃ五歳のタップダンスシチーかな? ノーマークになるのは確かだから大逃げをうつと前残りがあるような気もするんだ。けど、そこまでの逃げ脚はなさそうだし、やっぱり望み薄かなぁ」
「じゃ、他の面白いことを教えてよ」
「こいつは実に不思議なんだけどさ。JCに出た日本馬の中で最先着した馬が有馬記念で1番人気になると連対出来ないというジンクスがあるんだよ。該当する馬で連対したのは天皇賞・JC・有馬と三連勝した一昨年のテイエムオペラオー1頭でさ、そのテイエムも二度目の有馬の去年は5着に負けてる。ということはさ、今のところ2番人気のシンボリクリスエスがもしも最終的に1番人気になると危ない、てぇことになる」
「へえーっ、面白いねえ……。そいでさ、ファインモーションが1番人気ならどうなるの?」
「JC以外のG1を経由してきた馬が1番人気の時はほとんど勝ってるから、買いかもな。女王杯を勝って有馬に挑戦しするのは八年前の2着のヒシアマゾンと一緒だし、同じステップを踏んでる今年のファインモーションは期待大だけどさ、牝馬の連対は十年間でそのヒシアマゾン1頭でさ、メスがオスをやっつけるのは馬の世界じゃ難しそうだぜ」
「へぇーっ、そうなんだ」
「へぇへぇへぇへぇ言ってねーでお前もたまにはデータ集めしてみたらどうだ?」
「カバさん、ハンさん。私らもおることを忘れないでほしいですな」
蚊帳(かや)の外に置かれたタヌキ先生が不満鼻を鳴らし、「そうですよ」とうなずいた床屋のツルは鼻先にパラリと垂れたバーコードを指でかき上げた。
「そうでしたね、先生。今日はいっぱい人がいるもんだから、誰がどこにいるのかつい忘れてしまって……。それじゃ、いつも通りに始めましょうか」
「よお〜しっ!」
ひと声あげて弾みをつけたカバだったが、いつもの拍手がない。
おやっ? と振り返ると、通路にぎゅうぎゅう詰めになっている学生連中は、皆、固唾を呑んでいる。
「けっ、たまにゃ真顔になるんだな、コイツらも……」
そう悪態を吐いてニヤッと笑ったカバはいつもの手順で説明を始めた。
「さてと、まずは例のスクリーニングなんですがね。こいつで漏れるのはフサイチランハートだけなんですよ。さすがは有馬記念、いい馬が揃ってる、てぇことで早速連対馬データに入ります」
カバが説明した最初のデータは、過去十年間に連対した20頭すべてにG1経験があり、これは必須(ひっす)条件だという。それ故に、まずG1初挑戦のコイントスとタップダンスシチーが除外された。次は、20頭中19頭に重賞勝ちがあり、その19頭中18頭がG2を勝っていたというデータ。ここでもG3までしか勝っていないコイントスとタップダンスシチーの望みは消える。その次が、20頭中18頭の前走はG1なので前走がG2ステイヤーズステークスのアクティブバイオがオミットされた。そしてもうひとつ、長期休養明けのG1馬2頭を除く18頭中17頭が前走6着以内だったことから、前走8着のノーリーズン・9着テイエムオーシャン・10着ナリタトップロード・12着エアシャカール・14着アメリカンボスが次々と零れ落ち、イーグルカフェ・ジャングルポケット・シンボリクリスエス・ヒシミラクル・ファインモーションの5頭が残った。
「なんだか簡単過ぎてキツネにつままれた思いがしますが……」
タヌキがキツネの悪口を、いや、感想を述べた。
「データは嘘をつかないから、多分これでよいのでしょうなぁ」と、なぜかため息をつきながら皆の顔を見回す。
「そんな困ったような顔しちゃってさぁ、先生。本当は、1・2・3番人気がちゃんと残ってるから腹ん中でホクソ笑んでんじゃねーの?」
「な、なにを言い出すのです、ハンさん。私はホクソ笑んでなど……」
図星(づぼし)を突かれたタヌキはうろたえて言い訳をしかけたが、やめた。「決してホクソ笑んでなどおりませんが、好きな馬たちが“カバさんファィブ”に残って喜んでおるのですよ」と居直った。
「カバさん、関東馬も2頭残ってますねッ」
関東贔屓の床屋も嬉しそうである。が、かまわずカバは説明を続けた。
年齢別の連対数は三歳8、四歳7、五歳4、六歳が1であり、その六歳は去年のアメリカンボスで例外中の例外。三歳のシンボリクリスエス・ファインモーション・ヒシミラクル、四歳のジャングルポケット、五歳のイーグルカフェと、残った5頭に年齢の問題はない。が、ここから議論が沸騰し始めた。
「だけどなぁ、それぞれに問題があるんだよなぁ」
「何です、その問題というのは?」
「それがですね、先生。まずはJC3着のシンボリですが、この馬に2500mは距離が少し長いかも知れないんですよ。2000m前後は絶対と言っていいほど強いけど、三歳クラシック三冠目の菊花賞3000mをわざわざ避けたように長距離にはまだ不安がありそうなんですよね。それに秋のG1をすでに二回使ってるでしょ? 天皇賞からJC、そして有馬記念と3戦続けて好走するには、よほど強靭(きょうじん)な体力と精神力がないと無理なんです。G1レースはどの馬も目一杯に仕上げてキツイ勝負をするから目に見えない疲れが残るんです。確かにテイエムオペラオーのように3戦連続で好走した馬もいますけど、心身ともに充実期を迎えた四歳の時でしてね。果たして三歳のシンボリにそれが出来るかというと疑問なんです。同じことが秋華賞・女王杯ときたファインモーションにも言えます。ファインの場合は十年間で連対は1頭だけという牝馬のハンデもありますし……」
「するとさぁ、カバさん。JC組はジャングルポケットがいいってこと? ジャングルは秋になってのG1はまだJCだけだから」
「疲れという意味じゃそうなんだけどさ、嫌なデータがあってな、ハンペー。休み明けに出てきていきなり勝ったトウカイテイオーとグラスワールドを除くとさ。連対した18頭はすべて年内に最低一回は勝ってるんだけど、ジャングルは去年のJC以来勝ってない」
「カバさん、関東のイーグルカフェはどうなんですか?」
「それなんだ、ツルちゃん。20頭中16頭は芝2000m以上のG1で連対してるんだけど、イーグルのG1連対は芝の1600mとダートの1800mだけなんだ、これが……」
「そしたらカバさん、ヒシミラクルが本命ってこと?」
「それもそうとは言い切れなくてさ。今年の菊花賞はダービー馬のタニノギムレットが引退しちまっていなかったし、ダービー2着のシンボリも距離の短い天皇賞へ廻ったし、本命の皐月賞馬ノーリーズンは天才武豊が落ちちまったろ? ミラクルの菊花賞は恵まれて勝ったとしか思えないんだよ。俺、あの時は絞り込んだ5頭に入れたけどさ」
「じゃ、皆ダメか。カバさん、どうしてくれるんだよ!」
「どうしてくれるって、ハンペー……。お前、本当に単細胞だな。俺はそれぞれの馬に弱点があることを話してる訳でさ、この5頭が有力だってことは間違いないんだよ」
「そうならそうと言ってくんなきゃ。オレ、ヤメにすんのかと思っちゃったよ」
「カバさん、人気の方はどうなっておりますかな?」
「ファインモーションが1番人気になるようですよ。2番人気がシンボリクリスエスで3番にジャングルポケット。その次にナリタトップロード・ヒシミラクル・エアシャカールと続いてます」
「なるほど、三歳馬が人気なのですな。ところで、展開が有利になる馬はどれなのです?」
「それなんですがね、先生。最近五年の有馬記念はスローに流れることが多くなってるんです。それも毎年少しずつ流れがゆるくなってましてね。今年は典型的な逃げ馬がいないから、超スローになるんじゃないですかね」
「ということは……どういうことです?」
「道中の折り合いがついて鋭い決め手がある馬に有利ということになります」
その意味ではシンボリとジャングルが有利だと言ったカバは、スタート直後が3コーナーのカーブになる中山芝2500mは外枠に入った先行馬には不利だが、逆に先行馬が内枠に入ると有利になるコースだと説明して、展開を次のように予想した。
タップダンスが思い切って逃げる。それをアメリカンが追い、内からコイントス・外からファインが続く。直後にオーシャン・アクティブ・イーグル・ノーリーズンが固まり、その集団の後ろにシンボリとミラクルがつけ、シンボリを見ながらナリタとジャングルが後方から行く。シャカールとフサイチが最後方。この隊列で一周目の正面スタンド前から1コーナー・2コーナーを回ってバックストレッチをゆっくり流れる。タップダンスの逃げは後続を引き離せない。3コーナー手前からミラクルが動き、シンボリとナリタも一緒に上がっていくがジャングルはまだ動かない。4コーナー手前でタップダンスを捕まえたファインをアメリカン・オーシャンが追って直線を向く。外に出したシンボリ・ミラクルの後ろにナリタとアクティブ。イーグルとノーリーズンは内に入り、大外に出したジャングルとシャカールに鞭が入る。直線の坂にかかるとファインが早くも先頭に立ち、オーシャンが馬体を合わせる。内からスルスルッとイーグルが進出し、外からシンボリ・ナリタが前2頭に並びかける。坂を登り切ると横一線になり、大外からジャングルが飛んで来る。
「そこからゴールまでの情景がどうしても浮かんでこないんだ」
カバは首を捻った。皆が見つめる中、下を向いて考え込んだ。
となると、あとはめいめいが自分なりに決断を下すより方法はない。一番簡単に決めたのは床屋のツルだった。シンボリクリスエス・イーグルカフェ・アメリカンボスの関東馬3頭である。
続いてタヌキ先生がこれまた簡単に決めた。当然、1・2・3番人気のシンボリクリスエス・ファインモーション・ジャングルポケットである。
迷っているというか、カバ頼りの豆腐屋ハンペーはしきりにカバの顔色を伺っている。
「人気落ちした実力馬の中から往々にして激走するのが出るんだよなぁ」
カバが独り言のように呟いた。
「えっ! カバさん、どれ? どれなのよ、その激走しそうなのは」
「JCで着順は悪かったけど勝ち馬から1秒負けてない馬がいるだろ?」
「うん。ノーリーズンとテイエムオーシャンとナリタトップロードがそうだけど、それがどう気になるのよ?」
「この3頭をシンボリと比べてみるとさ。8着のノーリーズンは同じように休み明けだった神戸新聞杯で0.4秒負けてるし、JCでも0.7秒負けてるから勝負づけは済んだと言っていい。だけどあとの2頭は不気味な感じがするんだよな。去年の有馬記念で6着だったオーシャンは勝ったマンハッタンカフェには0.4秒離されたけど、2着のアメリカンボスとは0.1秒しか差がなかったろ? それにさ、休み明けの夏の札幌で牡馬を蹴散らしてるし、ここ2戦は体重の増減が激しくて本調子じゃなかったから、体調さえ戻れば怖いよ。トップロードの方は、過去三回の有馬記念が7着・9着・10着だったから中山の馬場はむかないと思われてるけど、中山の弥生賞を勝ってるし、同じく中山の皐月賞は僅差3着、今年は中山開催になった天皇賞でも勝ったシンボリとのタイム差は0.1秒、上がり時計はシンボリより0.3秒速かったんだ。それを考えると中山が向かないとは言い切れないんだよ。重馬場が下手だというけど、本当に下手なら雨が降った去年の春の天皇賞で重上手のテイエムオペラオーと接戦出来るはずがないしさ」
「じゃぁ、テイエムオーシャンとナリタトップロードが穴を開けるってこと?」
「そう言い切るまでの自信はないんだけどさ。ファインが人気になるんなら古馬最強牝馬のオーシャンだってと思っちゃうし、ここがラストランになるトップロードはあのステイゴールドとイメージが重なってさぁ。2着続きの鬱憤を晴らして引退するというか、もう一回G1を取って引退して欲しい俺の思い入れもあるからさ」
「そしたら、“カバさんファィブ”は変わるってこと?」
「そう。同じ三歳のシンボリと比べると力差がありそうなヒシミラクルの代わりにナリタを入れて、牝馬はファインを外してオーシャンを入れる……。俺らしくねーかも知れないけどさ、特にナリタには勝って欲しい“思い入れ”があるんだ。一応説明しておくとさ。ファインは確かに怪物だけど三歳の牝馬だし、夏以降ずっと使ってきて今度が休み明け6戦目になるのが気に入らない。女王杯の時が最高の状態で今は下り坂って気がするんだよ。ミラクルも使い詰めでさ、四月に始動してから夏も休まないで今度が11戦目なのが気に入らない。さっきも言ったように菊花賞は相手に恵まれたとしか思えないし……」
という訳で、“カバファィブ”はイーグルカフェ・ジャングルポケット・シンボリクリスエス・ナリタトップロード・テイエムオーシャンの5頭になった。いつものカバの選び方と違うから、皆、かえって当たるような気がしている。
「で、“カバさんフォー”は?」
「イーグル・ジャングル・ナリタにオーシャンだな」
やはりカバは人気薄へ走った。イーグルカフェは今の渋った馬場を楽にこなせる馬力があるし状態が今までで一番いい、叩いて2戦目のジャングルポケットには前走からの上積みがかなりある、ナリタトップロードとテイエムオーシャンは復活がキーワードの有馬記念にピッタリの馬だ、というのがもっともらしい理由である。
豆腐屋ハンペーの腹も固まった。勿論“カバフォー”のボックスである。
「それでさぁ、結局、カバさんはどれを買うのよ?」
「俺か? イーグルとジャングルとナリタにしようと思ってんだけどさ。今回だけはハンペー流の4頭ボックスにすることも考えてる、オーシャンも入れて」
「へぇー、えらい変わりようだね、カバの旦那も……。弱気になってるよ」
「なんだと、ハンペー! 他人のフンドシで相撲とってるヤツが生意気なことを言うんじゃねー!」
ひえっ! オカラ脳みその極楽トンボは逃げ出そうと腰を浮かせた。
「おい、ちょっと待てハンペー。そこに座ってろよ、本気で怒ってる訳じゃねーんだから」と豆腐屋にウインクしたカバは、くるっと振り向いて泰子に水を向けた。
「やすこさんはどうするの? 今年もピラッと閃いてるじゃないの?」
「樺山さん、サッカーボーイの子供がいるでしょう?」
「うん、いるよ。ナリタトップロードとヒシミラクル」
「わたしね、その2頭にしようと思うの。今年はサッカーのワールドカップがあったでしょう? だからわたし、サッカーボーイの子供がいいかなって」
うおーっ! 外野の学生くんたちから雄叫びが上がった。 [12月21日土曜日]
好スタートを切ったファインモーションを交わしてタップダンスシチーが先頭へ。二番手に控えたファインの内にコイントスとテイエムオーシャン、外にナリタトップロード、直後にシンボリクリスエス。これにアクティブバイオ・アメリカンボス・ノーリーズン・イーグルカフェ・ジャングルポケットと続き、フサイチランハート・ヒシミラクル・エアシャカールが固まって最後尾を追走して一周目の4コーナーを回った。
ペースを落として逃げるタップを、今度はファインが交わして先頭に出て1コーナーと2コーナーを回って向正面へ。
そのファインを再び交わしたタップが後続を5〜6馬身離して3コーナーを回る。ファイン・ナリタ・コイントスが追う後ろにシンボリとオーシャンがつけ、ジャングルが上がってくる。
逃げるタップが更に差を拡げて4コーナーを回り直線へ向き、このまま押し切りそうな勢い。ファインがスパートを開始し、内のコイントス・外のナリタにも鞭が入った。
坂の途中からシンボリとジャングルがスパートするがタップの脚色は鈍らない。内ラチ沿いをコイントスがもうひと伸びする。その後ろから抜け出してきたシンボリは、アッと言う間にコイントスを交わし、ゴール直前でタップも捕まえて差し切った。
1着@シンボリクリスエス 2.32.6 2人気
2着Gタップダンスシチー 2.32.7 13人気
3着Aコイントス 2.33.0 8人気
払戻金 馬 連@G 14,830円/馬 単@G20,630円/三連複@AG40,570円
ワイド@A 1,060円、@G 3,530円、AG 6,040円 |
強い馬が必ず勝つとは限らないから競馬は面白い。が、しかし、不思議なことに馬券の的中者がひとりもいないレースもない。つまり、必ず誰かの予想が当たっているのである。だからカバは、自分の予想が当たらないのはまだまだ読みが浅いのだと思っている。とはいえ、直感はともかく、情を入れると馬券は取れない。
いつものことながら、結果を振り返ってみると、ごく当たり前のことを見逃していることに気づく。
まず、近走で体重の増減が激しかった馬は本調子にない。テイエムオーシャンがそれであり、マイルCSの時のダンツフレームもそうだった。次に、ここを最後に引退して種牡馬になる馬は決して無理はしない。ナリタトップロード・エアシャカール・アメリカンボスに期待してはいけなかった。
また、過去十年間に連対した20頭すべてにG1経験があったというデータがカバにG1初挑戦のコイントスとタップダンスシチーを軽視させた。記録とデータは塗り替えられるものだという常識を忘れてはならない。
有馬記念に限らず中・長距離レースでの人気薄の逃げ馬は要注意であり、13番人気タップダンスシチーの前残りは当然考慮に入れておかねばならなかった。
それにもう一つ、馬場適性を示すデータのチェックをカバは怠っていた。
偶然の一致かも知れないが、出走した14頭の中で、シンボリクリスエス・タップダンスシチー・コイントスの3頭だけが中山コースでは3着を外したことがなかった。しかもタップダンスシチーとコイントスは有馬記念と同じ距離の中山芝2500mを二度も好走しており、シンボリクリスエスは中山芝2200mを勝っている。
カバは、来年からはスクリーニング・ハードルにコース適性も付け加えなければいかん、と思った。
データはあくまで過去の結果と傾向を示しているに過ぎない。そこから新しい未来を予測するには柔軟な思考と読みの深さこそが大切であり、加えて自分流を貫く意思の強さが必要なのだ。
穴党が穴狙いに徹することが出来ないようでは勝ち運に見放される。へそ曲がりはいつもチャンとへそを曲げていなければいけない。
カバこと樺山次郎の平成十四年はそれが証明された一年だった。
ひなたやまエイト、平成十四年最終成績
1位・白壁凡平 …20戦4勝、\63,000投資/収支はプラス \168,950
2位・西園寺望 …17戦8勝、\18,000投資/収支はプラス \155,270
2位・櫛笥琢磨 …17戦8勝、\18,000投資/収支はプラス \155,270
4位・鷹司明仁 …18戦8勝、\19,000投資/収支はプラス \154,270
5位・立花泰子 …18戦3勝、 \9,500投資/収支はプラス \66,500
6位・讃岐金之助…20戦5勝、\60,000投資/収支はマイナス \5,100
7位・蔓野鶴雄 …20戦4勝、\31,000投資/収支はマイナス \14,900
8位・樺山次郎 …21戦1勝、\66,000投資/収支はマイナス \55,400
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