都筑大介 ぐうたら備ん忘録


 その八 他人は鏡





 うちの女房殿は先日、娘と二人で中国の西安への旅を楽しんできた。ボクはドッグシッターを兼ねた留守番役。そばにピタッとくっついて離れない笑子と茶太郎のミニダックス母子にいささか閉口しながら長い長い四日間を過ごした。

 その西安旅行だが、格安パック旅行とはいえ、往きも帰りもJALの直行便。搭乗時間は片道約5時間だから新幹線で九州へ行くのと変わらない。しかも、朝昼晩に出てきた料理はバラエティに富んでいて味がよく、泊まったホテルも一流だったらしい。それで一人の費用が6万円弱だ。女房殿は、何年か前にボクと行った韓国の世界遺産めぐりの旅と比べると格段いい旅だったと、目を輝かせて帰ってきた。

 西安は中国最古の都である。この地が栄えるもとになったのは戦国時代を制覇した秦(BC221〜206)が現在の西安市西郊にあたる咸陽に都を置いたことにある。1974年に発見された兵馬俑と始皇帝陵がある辺りがその地であるが、秦に代わって天下に覇を唱えた前漢(BC206〜AD8、中国では西漢という)が都をここに構えた。それ以来長安と呼ばれていたのを明朝(AD1368〜1662)初期に今の西安と呼び改められている。この地は紀元前から千百年もの長きに亘って十一の王朝が都を置いた歴史上の重要拠点であったと同時に、かのローマへと続くシルクロードの出発点でもあった。東西文化の集約地として花開き、特に唐の時代には世界の様々な国の人々が集っていたらしい。その中には遣唐留学生だった阿倍仲麻呂や吉備真備、そして天台始祖の最澄や真言始祖の空海など、日本人の姿も少なくなかったようである。
 ま、歴史回顧はこれまでとして、女房殿と娘の旅行譚に戻ろう。

 前述したように思いがけず満足のいく西安旅行になった訳だが、それも現地ガイドの李さんの巧妙で機知に富んだ演出に負うところが大きかったらしい。地元の観光有限公司社員である彼は、日本語が堪能であり日本事情にも精通していて、しかも吉本芸人顔負けのエンターテイナーだったという。

 女房殿によるとこうである。ダジャレとブラックジョークが得意な彼は、ツアー客が小さな不満を洩らしたり自分の待遇に話が及んだりすると必ず、「うちの社長はケチだから……」と、いじけて見せる。そして「僕が社長の悪口を言ってたなんて決してアンケートには書かないでくださいね」とおどけ、「一日中道路脇に立ってなきゃいけない道路案内人に格下げされちゃいますから」とウインクしながら、確かに道路の所々に真っ黒な顔をして立っている道路案内人とやらに手を振って皆を笑わせた。

 娘によると、観光バスがゆく先々で見かける人々は、普段テレビで見かけるの人たちとは違って、(これが同じ中国人なのだろうか?)と首をかしげたほど身なりが貧しく顔の色がくすんでいたことが印象的だったという。娘は「街の風景も、暮らしてる人たちも、本で読んだり写真で見たりした終戦直後の日本とそっくりだったわ」と言った。ボクは自分が小学校の低学年だった頃の生活を思い起こしながら娘の話を聞いた。終戦から約十年経ったその頃、我が家はかなり貧乏でボクは薄汚れていた。

 ここ数年間二桁の経済成長を続けている中国では、貧富の格差が広がる一方だ。経済特区の上海は東京を凌ぎ、ニューヨークのような摩天楼都市に変貌している。広大な敷地にプールまである邸宅に住み、高級外車を乗り回している連中が日夜金儲けに目をギラつかせている。その一方で、ちょいと田舎へ入ると、日焼けした顔に汗して黙々と働いている人ばかり。それでも土地を耕して収穫を得られる人たちはまだマシな部類で、さしたる産業のない地方では大抵の人がその日暮らし。埃まみれになって、まさにワラにもすがって生きている。

 先の李さんは事あるごとにツアー客に深々と頭を下げた。
「こうやって日本からきてくれる皆さんのお陰で僕も土産物屋も土産売りたちも生活できてるんです。ですから、また来年も来てくださいね。お友だちや知り合いの方に西安を宣伝してくださると助かります。よろしくお願いします」
 これを観光中に十回以上繰り返した。卒がないというより、本音だろう。その李さんは皆に土産物の買い方(店や土産売りの選び方や安く買える交渉の仕方)まで教えるサービスぶり。また、日本ではありえないことだが、博物館の展示物を写真に撮るのもOK。西安市観光局の役人が夕食会場を訪れてツアー客一人ひとりに安っぽい訪問記念証を配るほどの熱の入れ様で、観光客誘致に必死なことが窺えた。

 ガイドの李さんは、以前に語学研修か何かで二か月ほど日本に滞在したことがある。その時に彼は、「貧富の差が小さく、中国よりはるかに平等だ」と感じ、「日本の方が中国よりよほど社会主義の国だ」と思ったという。

 確かにそうなのだ。十数年前にアメリカかどこかの社会学者が「日本はマルクスとレーニンが希求した社会主義国を実現している」と論文に書いていたのを思い出す。しかし、今の日本はその社会主義の悪弊が出ている。官僚組織の腐敗とその官僚と政治家の癒着である。国民が汗水たらして納めた税金をムダに使うだけでなく自分の懐に入れるのだから始末が悪い。社会保険庁が槍玉に上がっているが、道路公団しかり、郵政公社しかり、NHKまでがそうだ。すべて役人たちの天下り先は腐っている。腐った官僚たちが自分たちのために作った組織だから当然といえば当然だが、それに手を貸して私腹を肥やした政治家が数え切れないほどいるのも事実である。そういう裏の金をすっかり表に出すと、今の日本でも貧富の格差は相当大きいはずだ。

 ともあれ、内にいると自分の国のことは分からないものである。去年カナダへ行った時もそう思ったが、海の外に出て外国の人たちと触れ合ってみて初めて日本という国が見えてくる。個人も同様だ。家の外に出て他人と話し触れ合ってみて初めて自分の何たるやが分かる。
 女房殿と娘はそのことを改めて学んだようで、ボクも二人の旅行報告から間接的に学ばせてもらった。感謝!


                                           [平成十七年三月]