都筑大介  ぐうたら備ん忘録 11


    官能小説って難しいよ





 去年のこの頃だった、ボクが興味半分に書き残してあった官能小説の表現事例をもとにして作品を書いてみようと思ったのは……。
 G社のウェブサイトで「アウトロー大賞」の募集要項を見たことがきっかけである。そこには次のように書いてあった。

【団鬼六『花と蛇』、浅田次郎『極道放浪記』、宮崎学『突破者』など数々の名作を世に送り出し、多数の読者から熱狂的な支持を集めてきたアウトロー文庫が、その創刊五周年を記念し、「アウトロー大賞」を設立。常識やルールに縛られず、独自の視点で描かれた、パワフルで斬新で熱いアウトロー作品を広く募集する。革命を起こせ! 待ってるぜ、アウトロー!】

 官能世界にまったく興味がなかったわけではないが、どちらかといえばボクはその方面にはうとい方だった。ところが、三十代の頃に、勤めていた会社の大先輩で映画会社の『にっかつ』に移った方がおられて、その方が毎月一枚ずつ映画の招待券をくださるものだから、女房殿に隠れて『にっかつロマンポルノ』を観に、しげしげと劇場へ通った。かなり性欲を刺激されたが、コミカルな作品が比較的多く、自分の分身を勃起させるには至らなかった。当時のボクの官能経験はまだその程度のものだった。

 しかし、ある日ある上映作品に度肝を抜かれてしまった。それが、団鬼六原作、谷ナオミ主演の『花と蛇』である。拉致監禁された美しい社長夫人が心であらがいながらも裸身を縛める縄の魔力に溺れていくというストーリーで、その心の移り変わりを谷ナオミが見事に演じていた。緊縛に苦悶していた顔が陶酔の表情に変わっていくシーンに魅入られてしまったのである。

 元々映画鑑賞より読書の方が好きなボクは、早速本屋へ出かけて小説『花と蛇』を購入し、家族が寝静まった後に、遅くまで読みふけったものである。映画を先に観ていたせいだろうが、本の上に物語のシーンが浮かび上がってひどく興奮したことを覚えている。

 そんな経緯もあって、ボクが興味半分に書き残しておいた官能表現というのは鬼六小説の抜粋である。そこにG社が【待ってるぜ、アウトロー!】と呼びかけたものだから「待ってろよ!」と、能天気にやる気を起こしたという次第である。

 最初に短編を五つほど書いた。
「もしかすると俺にはこの方面の才能があるのかも知れないなぁ」とニンマリするほどの出来栄えだった。勿論、素人の独り善がりである。
 
しかし、これらの短編作品では長さが応募規定に達しないからホームページに載せることにして、長編にとりかかった。

 そして、七月末に一作品を、九月末にもう一作品をG社へ送った。ところがG社からは何の音沙汰もない。
 そこで今度は、十一月末締め切りのF社の作品募集に、先の短編五つをオムニバス形式に書き直して応募してみた。
 が、年が明けてもF社から何の音沙汰もない。二月になってF社のウェブサイトに最終選考対象作品が発表されたが、そこにボクの名前も作品名もなかった。


「俺、やっぱり官能小説は無理だな……」

 すっかり意気消沈していたのだが、世の中は何が起こるか分からない。三月初旬にF社の編集部から「一度お会いしたい」というメールが飛び込んできた。
 その頃のボクは、本来のというか、いつかは仕上げるつもりで書き溜めてあったアイデアを文学作品にするための構想を練っていた。それなのに、生来のお調子者は、ボクとの窓口を務めてくれるというYさんの「うちで官能小説を書いてみるつもりはありませんか?」という言葉に飛びついた。


 さあ、それからが大変。官能小説でも異端とされる鬼六作品しか読んだことのないボクは、幅広い官能世界そのものにうとい。Yさんのアドバイスに従って、今まで読んだことのない官能小説家の作品を貪るようにして、この三か月間に十九冊も読んだ。それも作品個々のストーリーの流れと参考になる表現をメモしながらだから時間がかかる。大学受験の頃を思い出した。

 ある程度本を読み終えると新作の作品プロットを作ってYさんに評価してもらい、アドバイスを受ける。そのアドバイスに沿って次の作品プロットをつくる。その繰り返しで今日まで来た。Y先生に教わっている「生徒の都筑」。それが今のボクの姿で、とてもいい勉強をさせてもらっている。
 そのY先生が言う。


「あなたの作品構想は文学方面へ傾き過ぎています。官能小説としての売りが見えてこないんですよ」
「官能色が薄い分、それを補う特色あるストーリー性が求められるのですが、それも曖昧なんですよね」
「主人公をはじめ、登場人物のキャラクターがまったく見えてこないのは困りものですねえ」
「ヒロインなど女性の登場人物への愛が感じられません。この内容じゃ、単なる濡れ場の相手という感覚でしかないですよ」

 そう厳しくコメントしておいて、フォローも忘れない。
「作家のこだわりというのは大切ですが、都筑さんの場合、それが足枷になっているような気がします」

「それが何なのか、私自身まだ判断しかねているんですが、都筑さんの中にはいいものが潜んでいるんですよ。それを引き出すのが私の仕事です」

 いやはやごもっとも。畏れ入ります。都筑は頑張ります。お約束通り六月二十日には合格点をいただけるような作品プロットを提出させてもらいます。 と、まあ、四苦八苦状態だが、見放されているわけではないので頑張れる。

 ところが……。ところが、である。
 六月十五日付のG社のウェブサイトを見て、ボクはビックリした。

 な、なんと……。ボクの応募作品が「アウトロー大賞」の一次選考を通過していた。都筑大介『闇に抱かれた女』と載っているではないか……。

 正直、魂消(たまげ)た。応募したことさえすっかり忘れていたんだから……。 応募総数がどれくらいあったのかは定かではないが、一次選考をパスしたのはボクのも含めて9作品のみ。ノンフィクション・小説・漫画の3部門で募集していたから、1部門につき3作品が選ばれた可能性もある。仮にそうだとすれば大変に光栄なことである。

 昨夜は、当然のごとく祝杯を挙げた。呑み過ぎて頭が痛い状態で今これを書いている。まだ大賞をもらえたわけではないのに、極楽トンボのボクは舞い上がっている。
 もしかすると、近々に、都筑大介という官能小説家が誕生するかも……。

                                          [平成十七年六月]