つれづれなるままに


第7題 祭りのあと

思ったよりも過ごしやすかった、夏の韓国です(2002年7月作成)。


 7月下旬のソウルは、まだ、つゆのただ中にあった。

 うだるような暑さの成田を飛び立った飛行機は、雨にけぶるインチョン空港へと着陸した。 気温25℃とのことで、半袖では肌寒い。 日本と同じような夏の気候と思っていたので、ちょっとあてが外れた。 あわてて、バッグから上着をひっぱり出して着込んだ。

 最近の韓国行きは、もっぱら大韓航空を利用している。 便数が多く時間の選択枝が豊富なこともあるが、成田では第1ターミナルを使用することもその理由である。

 日本で利用しやすいJALやANAなどが入り、利用客の多い第2ターミナルは、出発便が重なる時間帯になると、手荷物検査や出国審査に、長蛇の列が出来ることもしばしばある。 箱崎のTCATで、あらかじめ出国審査を済ませておくという方法もあったが、混雑緩和の意味が無くなったとのことで、この7月から審査窓口が閉鎖されてしまった。 ちなみに、同時多発テロのあと、セキュリティー対策からチェックインできる路線も限られており、TCATはほとんどリムジンバスターミナルにすぎなくなっている。

 さて、いつもはすいているはずの第1ターミナルに着くと、異様な数のカメラマンがうろうろとしている。 しばらくすると、手荷物検査の入口の脇に人垣ができ、撮影用のライトがともされて、なにやら共同インタビューが始まった。

 なにごとかと、興味津々で近づいてみると、人垣のまんなかに、テレビで見慣れたジーコ氏の顔が見えた。 前日にサッカー協会との契約を済ませ、また、ブラジルにとんぼ帰りだったようである。

 記者の追ってこれない出国審査の出口で待ち構えて、サインでももらえれば、次回のワールドカップで4強入りしたときに、お宝的な価値がでるかな。 という考えも、ちらっと頭をかすめたが、やめておいた。 そこまでばりばりのサッカーファンでもないし、VIP待遇で裏口からす通りされたりしたら、待ちぼうけをくってしまうことになる。 搭乗時間までそれほどの余裕もなかったので、さっさと待ち合いロビーへ入ってしまった。

 まあしかし、仕事とはいえ、重いカメラや三脚まで担いで走りまわっているカメラマンは、ご苦労様なことである。 きっと、どの航空会社の便を利用するのか、わからないときは、第1と第2ターミナルの間を、かけまわることになるんだろう。

 ◇  ◇

 インチョン空港からソウル市内までは、リムジンバスで1時間ちょっとの道のりである。 しかし、市内に入ってから、ちょうど夕方のラッシュアワーの時間帯に当ってしまい、のろのろ運転で、結局ホテルまで2時間近くかかってしまった。

 時間つぶしに窓の外を眺めていて気がついたのは、走っている車のほとんどが、韓国車であることだ。 世界中、どこの街へ行っても目についた日本車は、まったく見ることが出来ない。 外車といえば、ごくまれに、ベンツが見られる程度である。 日本車が、輸入禁止というわけではなさそうだが、こちらの人の、日本または日本製品に対する感情は、やはりまだ特別なものがあるのかもしれない。

 もう一つ気がついたのは、ナンバープレートが、緑の地に白ぬきの文字であり、日本とは逆の配色になっていることだ。 わざと変えたのか、偶然なのか。

 ちなみに、韓国車の大半は、ワールドカップでしきりとCMを流していた現代(ヒュンダイ)製である。 いっときの不況で、メーカの統廃合を進めた結果なのであろう。

 そうそう、あのワールドカップのなごりを探してみたが、Koria/Japanの看板がところどころに残っていただけで、赤一色に染まったであろう街中に、その面影は見当たらなかった。 わずかに、雑貨屋の店頭で、ワールドカップ関連グッズの売れ残りが、40%引きで並んでいるのをみつけた程度である。

 本屋の店頭でも、ヒディング氏やホン・ミョンボ氏の表紙写真の本が何種類か、ひら積みされてはいたが、大部分のスペースは、ゲーム攻略本とおぼしき雑誌類に占領されており、そちらに若者たちが群がって立ち読みをしていた。

 歩きながら携帯電話をたぐる姿も多く見られ、さすがに若者たちの好みは、万国共通のものがあるようだ。

 ◇  ◇

 ソウルの街中の一区画に、ホテル、デパート、コンベンションホール、シティーエアターミナルなどを集めて再開発されたエリアがあり、その下に大きな地下街が作られている。 近くにオリンピックスタジアムがあり、その時期にあわせて作られたもののようだ。 宿泊したホテルに隣接していたので、ぶらぶらと歩いてみた。

 驚いたのは、平日の昼間だというのに、若い人たちであふれかえっていることである。 それこそ、原宿の日曜日を見るような人出である。 学校が夏休みになった学生もいるのだろうが、ベビーカーをおす若い夫婦も多く見られた。 ちなみに、夜9時過ぎに行ってみても、人通りは昼間とほとんど変わらなかった。

 食物屋、ブティック、ブランドショップ、土産物屋、ドラッグストアー、本屋等から、映画館、水族館、はては、ジュリアナという名前のディスコまで、ありとあらゆる店が並んでいた。 しかし、これだけ多くの店があるなかで、コンビニはセブンイレブンが一軒があるだけである。

 市内でもコンビニは、ごくたまに見かける程度で、日本ほど浸透していないようである。 その理由の一つには、コンビニの主要な商品である弁当などの食品を扱う店が、他にも数多くあるためかもしれない。 地下街にも、フードコートのように、いすやテーブルが並べられた広場の回りを、食べもの屋のカウンターがずらりと並んでいる場所が、2ヶ所も設けられていた。 ハンバーグのようなファーストフードやイタリアンから、焼肉定食のような韓国料理まで、あらゆる料理の店が連なっていた。 値段も、数百円で十分な量が食べられる。

 そのセブンイレブンの店内で、のりにくるまった三角形のおにぎりが並んでいるのを見つけた。 あの日本の100円おにぎりとそっくりである。 これ以外に韓国内で、おにぎりのたぐいを見かけたことはついぞ無かったので、日本の流行から取りいれた商品であろうか。

 ただし、外見はそっくりであるが、表示はすべてハングル文字である。 そう、ネタがなんなのか、かいもく見当がつかない。 ちなみに、普通の店で英語が通じることはめったにない。 運がよければ、日本語が通じる年配の人がいることもあるが、コンビニの若いアルバイト店員では、望むべくも無い。

 しかし、ここで引き下がってしまっては、エッセイネタとしては中途半端だ。 じっと陳列棚をながめる。包装はどれもまったく同じ模様であり、色だけが違っている。 青、赤、黄、オレンジ、茶。 どう考えても、ここでの赤系統は、キムチを想像させる色である。 黄や茶は、焼肉のかおりがする。 ということで、選択は、青とした。 一個700ウォンだから、70円おにぎりというところか。 こちらの物価から見れば、安くもなし、高くもなしというところだ。

 私が時間をかけて品定めをしている間に、他におにぎりの棚に手をのばす人はいなかった。 残念ながら、こちらではまだポピュラーとは言えないのだろう。

 包装のしかけは日本とほぼ同じ。 左右に2つに引きさくと、のりとご飯がいっしょになる。 お楽しみのネタは、ツナマヨネーズであった。 この味は、日本で食べるものとほとんど変わらなかった。 ちなみに、同僚は赤に挑戦したが、みごとキムチに当たったらしい。 それも普通のキムチではなく、しごく奇妙な味だったそうだ。

 ということで、韓国通になりたい方は、赤がおすすめである。

 ◇  ◇

 滞在2泊を過ぎて、ようやく青空となった。 気温は30℃くらいまで上がるが、湿度が低いためカラっとしており、日本と比べてはるかに過ごしやすい。 上着を着たままのビジネスマンの姿も見られる。 これも、まったく予想外のことで、気候ばかりは、その時期に来て体験してみないことには、なんともわからないものである。

 ただし、ソウル市内の車の渋滞のすごさは、降っても晴れてもほとんど変わらない。 空港行きのリムジンバスが、予定を30分過ぎても表れないので、しかたなく、小1時間の道のりを、タクシーで移動することになってしまった。 市内の移動であれば、渋滞と無縁の地下鉄がおすすめである。

 ということで、夏休みにコリアンエアーでいく韓国の旅は、みなさん、いかがであろうか。

  


第6題へ<= 第7題 =>第8題へ

つれづれなるままに目次へ  ☆ホームページへもどる