ニュータウンあれこれ
現在、子供たちが通う学校は、ニュータウンができてから新設校として設立されました。その前後のできごとから、PTAの設立に関する内容をまとめてみました。
(’98年1月作成)
新設の学校というのは、教育に必要な最低限の設備をのぞき、ないないづくしでスタートします。校歌がない、校章がない、当然校旗もない。最初のころのセレモニーでは、横浜市旗と市歌が使われます。でもご存じの方もあるでしょうが、横浜市歌は作詩:森 林太郎で、「わが日の本は島国よ〜」という、明治時代をおもわせるような歌です。とても小学生が歌えるようなものではありません。
開校前には、親校(新設校の母体となる学校で、普通は通学区域の変更で移動する子供が最も多い学校)の先生とPTA、地元の町内会自治会関係者、教育委員会などよりなる「開校準備委員会」が設けられます。この委員会において、通学区域、学校名等が決められますが、この組織も開校式までで解散となり、後は、新設校の通学区域関係者にゆだねられることになります。
町内会などの地元の組織がしっかりしており、開校準備からの引き継ぎがスムーズに行われれば、「校歌校章制定委員会」を組織して、早ければ最初の卒業式には間にあわすことができます。
で、問題はPTAづくりとなります。
PTAの難しさの一つは、その活動の中心となる親が、子供の卒業と同時に参加資格がなくなってしまうことです。それは、常に新しい人が参加してくるのと同時に、経験豊富な人たちを失っていくことにつながります。参加する人に依存した運営方式を持つPTAでは、どのように活動を引き継いでいくかは、大きな課題です。
親校よりの移動者の中に、役員などの経験者が多く含まれており、その人たちを中心に積極的な働きかけが出来れば、早めに組織を作ることが出来ます。でも、経験者が少なかったり、PTAそのものに否定的な意見を持っていたりすると、なかなか難しくなります。
では、先生の側からの働きかけはどうでしょうか。一般の先生では立場上難しいので、校長または副校長(横浜市では教頭とは呼ばない)に、その役目が期待されることになります。でも、新設校であるため、校長や副校長は他の学校からの異動者であり、地域とのつながりはほとんどありません。従って、学校側からの働きかけも多くは期待できないことになります。
こうなると、しばらくたって、父母の間から自主的な活動が始まるのをまつしかないかもしれません。
これは、かなり基本的な問いかけです。現在の教育制度の中には、PTAが無ければいけないということは、どこにも明記されていません。文部省の通達によって、ある方が望ましいとされているだけです。実際に市内にも、新設校以外でPTAが無いところがいくつかあるようです。
もうすこし簡単にいえば、PTAが無くて困ることはなんだろう、ということになります。
まずは、学校と保護者とのコミュニケーションが、十分に取れなくなることが考えられます。学校の活動内容と、親の期待するものが同じであれば、問題はありません。しかし、授業のやり方、宿題の量、日常のしつけなど、実際にはいろいろな場面でくい違いがおこりがちです。これらについて、対等な立場で意見交換が出来る機会は、普通にはなかなかありません。
さらには、子供たちの活動の場が、学校の授業時間に限られてしまうことも考えられます。クラブ活動や休日イベントなどの、先生の勤務時間外の活動は、保護者の協力が得られなければ、かなり制限されます。
これらの問題点とは別に、もっと積極的な役割としては、同じ年ごろの子供を持つ親同士の、コミュニケーションの場となることが考えられます。子供を持つ親として、学ばなければいけないこと、知っておきたいことは数多くあります。専門家による講演会を持ったり、勉強会を開いて互いの体験を語りあったり、本やテレビではなかなか得がたい経験をすることができます。そして、いじめなどの問題が起こったときも、いっしょに手をたずさえて立ち向かっていくこともできます。
安易に、いままでもあったからということではなく、その存在理由をあらためて各自が考えておくことも、設立に当たって必要なことと思われます。
(その2へつづく)