第7章 言葉の壁

September 8, 2006


チケットは受け取った。

試合は待ちきれないほど楽しみだ。

だが、その気持ちは明日までしまっておこう。


まずは地下鉄の駅へ向かう。


途中、売店で水を買おうとする。

『アグア(水)』と言ってみる。

店員が冷蔵庫から冷え冷えの水を取り出した。

よっしゃ、通じた! と嬉しかったね。


未知の言葉が初めて通じたときの嬉しさは、何とも言えないよね。

でも、店員から言われた値段の額がわからない。


とりあえず、日本円に換算するとこれくらいだろうという額を出して

釣りをもらった。


言われた値段がわからない。

これは言葉がわからない国へ行ったときの最初の関門だ。


ホテルのフロントやチケットの受取りのときもそうだが、

言葉が通じないという事が頭ではわかっていても、

じゃぁ、そのときいったいどういう展開になるのか、

どういう反応が返ってくるのかはわからない。

相手だって人間だし、ましてや習慣や価値観が違うんだし。


それから、俺がスペイン語で挨拶すれば相手はスペイン語で答えてくる。

それはごく自然なこと。

日本に来た外国人に「こんにちは」と言われれば、

誰だって『こんにちは』と返すだろう。それと同じだよね。


ここの人は、みんな気軽に「オラ!(こんにちは!)」と挨拶してくれる。

観光施設の人も、店員も、警備員も、スーパーのレジのおばちゃんも、

人間の交流はすべて「オラ!」から始まるのだ。


人なつっこいその挨拶はとても心地いいんだけど、

でも、そうすると知らない言葉が返ってくる。

スペイン語でその後の言葉が出てくるのだ。


考えてみれば当たり前のことだけど、そうなると俺には全然聞き取れない。

「こいつはスペイン語が話せるな」と思われるのだろうか。

こっちは親しみと礼儀の意味でスペイン語で挨拶しているにすぎないのに。

そう、いろいろ考えて、じゃあ英語で言おうと決めた。


とりあえずオラ!と挨拶しても、すかさず英語で話してしまえ。

英語なら少なくても金額くらいは理解できる。

そんなワケで、半日で英語に切り替えた。


俺の英語がどれだけ通じるかわからないけど、

この際ハッタリで行くしかない。そう思った。


日談だが、実際にはうまくいかないこともあったのだが、

予想外な展開になったり、

次はどう対応しようかと考えるのも結構楽しかった。


これは、普段の日常では、まず味わえない新鮮さがあったし、

何より、俺にはどうしても体感したいことがあったのだ。

それは、言葉が通じない人とでもコミュニケーションを取れるハズ。

以前から、そんな考えがあったからだ。


それというのも、

以前、日本に観光に来た外国人に道を聞かれたことが何度もあった。


彼らが喋る言葉は英語じゃないことも多く、わからないことが多かった。

でも手に地図を持ってたり、地図や周りを指さしたりしていて、

だいたいその雰囲気で言いたいことは見当がついた。


人間の想像力って不思議なもので、相手の使う言語がわからなくても、

交わされる趣旨というのが察知できてしまうんだね。

説明するのも難しかったけど、

身振り手振りで伝えるのが、かなりおもしろかった。

こんなことが、意外にワクワクするんだなと感じた。


そんな経験があったから、

外国に行ったら、そんなことを絶対体感したいと思っていた。

人間である以上、どこの国の人でも、どんな言葉を喋っても、

根底にある感情は、そうは変わらないはず。

言葉というのは単なる道具であって、

人の感情ってのは、発生して言葉になる間際までは全く同じなはずだ。


「個人」というものが作り上げられる過程で、

家庭環境や社会的価値観、宗教など様々なものに影響をうけるけど、

それらを全部剥ぎ取ったもっとシンプルな「個人」の感情ってのは、

人間みんな同じなんだ。

だからそのコアみたいなものを理解しようとすれば、

言葉が通じなくても大丈夫なんだと俺は思うんだよね。


そんなことをよりリアルに感じるためには、

言葉がわかるよりも、わからない方が、

センサーが鋭く働くんじゃないかって思ったのだ。

言葉がわからなくても、コミュニケーションが取れたら面白いと思いませんか?

それを体感したくて、俺は異国に飛び込んだのだ。



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第1章 旅立ち

第2章 エールフランス

第3章 欧州上陸

第4章 パリからバルセロナへ

第5章 来たぜバルセロナ!

第6章 聖地カンプノウ

第7章 言葉の壁

第8章 街へ

第9章 地中海

第10章 コロンブスの塔

第11章 バルセロナというクラブ

第12章 いよいよ試合開始

第13章 バルセロナvsオサスナ

第14章 サグラダファミリア 1