都筑大介 一言居士のつぶやき」


 アメリカ西海岸にシアトルという都市がある。そう、あの「イチロー選手」が所属するMLBシアトル・マリナーズの本拠地だ。そのシアトルの地で今から100年以上前の1902年に創刊された、日系人や在留邦人向けの二か国語新聞がある。「北米報知新聞」がそれである。
 その伝統ある地方紙にボクは、軽井沢に住んでいる親友のミュージシャン「トミー」の紹介で、この夏からエッセイコラムを持つことになった。毎月1回、ボク流に眺めた日本の政治動向や社会情勢を伝えるのだが、さてどうなることやら。たぶん評判はよくないだろうなあ。


 2009年&2010年
第1回 時代狂言の終焉
第4回 去年と違う秋
第7回 夜明け前
第10回 空気の効用
第13回 民意の誤算
第16回 列島漂流
第2回 真夏の果実
第5回 おひとり様
第8回 曲り角 
第11回 思いやり
第14回 あれから1年
第17回 メディアの退廃
第3回 産みの苦しみ
第6回 必殺仕分け人
第9回 回り道
第12回 試練の時
第15回 役人天国
第18回 鉛色の冬空
2011年
第19回 嵐の予感 (1月19日掲載
緊急レポート 驚天動地 (3月16日掲載
第22回 花冷え (4月20日掲載
第24回 ゆらぐ民主主義 (6月15日掲載
第26回 暑くてイヤな夏 (8月17日掲載
第28回 劣化する国土と人心 (10月19日掲載
第20回 春一番 (2月16日掲載
第21回 悪夢の春3月 (3月30日掲載
第23回 きしむ列島 (5月18日掲載
第25回 怒りと祈り (7月20日掲載
第27回 冷たさが身にしみる秋の風 (9月21日掲載
第29回 電力の深い闇(11月16日掲載
 2012年
第30回 夜明けはまだか (1月18日掲載)
第32回 心の温度差 (3月21日掲載)
第34回 希望の芽 (5月16日掲載)
第31回 官僚の壁 (2月15日掲載)
第33回 春の嵐 (4月18日掲載)
第35回 歪みを映し出す鏡


      北米報知新聞(NorthAmericanPost)連載エッセイ
      都筑大介 「一言居士のつぶやき」

    第36回「酷暑の分水嶺」 
               (2012年7月18日掲載)



 3月下旬から毎週金曜日の夕刻に行われてきた「原発再稼動反対」集会は、6月8日に野田首相が福井・大飯原発の再稼動を決めてからは場所を首相官邸前に移し、原発反対デモは大きなうねりを見せ始めた。それまでは多くても3百〜1千人程度だったのが9日は7千人、15日1万1千人、22日4万5千人、29日にはなんと20万人にまで膨れ上がり、その翌週7月6日は雨が降りしきる中にも関わらず15万人(いずれも日本野鳥の会調べに基づく主催者発表)が参集した。

 

この抗議集会の規模は1960年の「日米安保反対」集会に匹敵する。が、学生活動家や労働組合や政治団体が組織動員をかけた当時のデモとはまったく異なる。ネットの掲示板やツイッターでの呼びかけに応じた一般市民が自発的に集まったデモであり、参加者は警察の指示に従って整然と行動している。週末になると、お互い知らない者同士がひとつの目標に向かって歩調を揃え、圧倒的な数の無名の声が首相官邸を包囲しているこの現象こそが現今の民意を象徴している、とボクは思う。

 一方、政界を眺めると、6月26日、消費税増税法案が3党(民主・自民・公明)合意によって衆議院で可決されて参議院に送られた。が、与党民主党内から57名の反対者と15名の投票棄権者が出た。「増税前にやることがある」と訴え続けている小沢一郎氏と同調者たちである。彼らは、マニフェストをことごとく捨て去った現民主党政権と袂を分かち、7月11日、3年前に掲げた理念と政策の実現を目指して衆議院37名・参議院12名の49議員による新党「国民の生活が第一」を旗揚げした。彼らの他に30名を超える離党予備軍とも言うべき議員がまだ民主党内に留まっている。その離党予備軍の今後の去就によって民主党は衆議院で単独過半数を維持することも参議院で比較第1党の地位を守ることも難しくなり、政権基盤は大きく揺らぐ。

 

 このコラムで何度も指摘してきたことだが、民主党政権は首班が代わるたびに政権交代に賭けた国民の期待からどんどん遠ざかっていった。今の野田政権に至っては国民が愛想を尽かした自公政権以上に民意から遊離し、自民党野田派と揶揄される始末である。ネットでも「マニフェストに書いてあることは守らなくてもいいんです。書いてないことをやるんです。その1丁目1番地は増税することです。官僚は天下りさせて喜ばせるんです。日本の政治は官僚に丸投げしないとやっていけないんです」というのが現政権だと皮肉られている。

 ことほど左様に民主党政権は官僚依存の色合いを濃くしている。しかも、国民生活に直結する重要案件も法案を成立させてから民意を問うなどと民主主義の基本ルールに反することを平気で行う。菅前首相は「議会制民主主義では期限を限った独裁は許される」と民主的プロセスを無視しようとしたし、今の野田首相は「決められる政治」と称して主義主張が異なる自民・公明の両野党と談合して増税路線を突き進み、原発再稼動を安易に認め、TPPの交渉参加も前のめりしている。しかも、憲法で禁止されている集団的自衛権を容認しようとする動きまでし始めた。

 にもかかわらず、大手メディアはこの現状に対して批判はおろか指摘すらしない。密室談合にすぎない自民・公明との3党合意と調整協議を「決められる政治」と持ち上げ、さらには自民党との大連立を提唱している。まるで戦前の大政翼賛会が再現されるようで、危険な兆候をボクは感じる。

 

こうした民主党の変質は、そもそも初代の鳩山政権がメディアから二重権力と決めつけられることを怖れて小沢氏が政権運営に携わることを封じたことに端を発している。政権交代前から小沢排除に血道を上げてきた既存権力グループはこの隙に乗じた。外務官僚と防衛官僚は巧妙なサボタージュで鳩山首相を引きずりおろし、検察官僚は小沢氏を刑事被告人の立場に追いやり、更には民主党自身をして小沢氏を無期限の党員資格停止という座敷牢に閉じ込めさせた。政権運営と権力構造に精通する強力な改革エンジンを失った民主党政権は日を追うごとに官僚依存を強め、ついには自民党政権時と変わらぬ官僚支配政権に変貌してしまった。それがボクの率直な感想である。

 

 しかし、先述したように、ここにきて新たな民意のうねりが出てきた。大手メディアの世論調査によると「小沢新党に期待する」のは1315%にすぎないというが、ネットの政治アンケートでは7582%が期待を寄せている。更には、今まで新聞やテレビの報道を鵜呑みにしていた人たちもさすがに危機感を抱き始めた様子である。こうした新たな動向が「アラブの春」ならぬ「日本の夏」になることをボクは期待している。



[2012年7月]